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『ドラゴン桜』の三田紀房が描く「戦艦大和建造計画を止める数学者」の漫画『アルキメデスの大戦』

アルキメデスの大戦(1) (ヤングマガジンコミックス)

実写映画版が公開中の三田紀房先生の『アルキメデスの大戦』だが、実は映画版は現在17巻まで刊行されているコミックスの3巻までしか描かれていない。また映画版は最後原作にはない山崎貴監督のオリジナル展開で締められるため続編が作られることはないだろう。そこで今回は原作漫画の魅力を紹介する。

 

本作は元東京帝国大学数学科の学生が、戦艦大和建造計画を数学の力で止めるために試行錯誤する物語。戦艦大和は当時の日本の最高技術により建造された全長263メートルの巨大戦艦で史上最大の46センチ主砲を搭載、排水量においても史上最大だった。一方で大和の最期となった1945年4月7日、鹿児島県沖の九州南方海域・坊ノ岬沖において特攻作戦中の沈没では乗員3332人のうち生還者は276人。またこの特攻出撃で大和が撃退したとされる米軍母艦載機の数はたった3〜5機だったとされている。当時は既に「これからの戦争は航空機が主体になり、巨大戦艦は不要になるであろう」という考えもあったとされており、結果論だけを取り出せば戦艦大和は大金を注ぎ込んだ時代錯誤の戦艦だったということになる。この物語が面白いのは「当時の日本軍の中にも戦艦大和建造をよく思っている人がいたのではないか?」という発想から、「戦艦大和建造を止めようとする数学者の物語にしよう!」という切り口だ。

 

また原作者の三田紀房先生が本作を描こうとしたキッカケも面白いので、以下に引用する。

 

三田 この漫画を描こうとしたきっかけは、2020年の東京オリンピックパラリンピックのメイン会場となる新国立競技場建設計画で、当初は1300億円だった総工費が3000億円を超えることになったことへの疑問でした。

なぜそうなったのか? を考えているうちに、ふと戦艦「大和」が思い浮かんだんですね。建造費1億4503万円、当時の国家予算の4.4%もの巨費を投じて造られた戦艦「大和」が。

それでも日本人はまた戦艦「大和」をつくるだろう〜この国が抱える根本的な宿痾(三田紀房,戸高一成) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)

 

つまり三田紀房先生は現在の日本で起きた問題が、戦時中の日本の問題と重なるのではないかと考えて執筆に至ったというわけだ。またこういう過程で描かれた作品の実写映画版が、東京オリンピックの開会式・閉会式の演出を担当する山崎貴によって監督されたというのも因果を感じる。

 

 

ストーリー自体も物凄く面白い。冒頭3巻では大和の建造費の見積もり額が不当に安くされてるのではないかという疑惑から数学の力を使ってその嘘を暴こうとする翻弄する主人公の姿が描かれる。その後の会議の偉いおじさんたちの下らない言い合い合戦も読み応え抜群。本質がズレた部分で盛り上がり、結局何も進展しない会議の様子は現代日本にも繋がる。

 

更に本作が面白いのは主人公が数学的な根拠を持って大和建造計画の不正見積もりを暴いたところで大和建造案を提案する側は「それがどうした」とかわしてしまうところだ。この漫画の魅力は大和建造を企む悪役が「無能」ではなく、「頭が良く」「手段を選ばない」から面白い。またそれに呼応するように主人公の行動もエスカレートしていく様子も良い。

 

 

実写映画版が「これ以上にない見事な終わり方」をしてしまったため、原作のクライマックスのハードルは否応に上がるが3巻以降の展開も実に面白い。例えば主人公は戦艦大和建造計画が2度と浮上しないように「巨大戦艦」ではなく「航空廠機」開発に力を入れようとする。そこで登場するキャラクターが「零戦」の設計者として有名な堀越二郎だ。ここで主人公は新型の航空廠機を堀越二郎が先頭に立つ三菱と対決する訳だが、教科書レベルの史実の点からは逸れずに主人公の凄さを演出して尚且つ歴史上の人物の価値を下げもしない見事な着地点を見せる。本作はフィクションでありながら、あくまでも重大な出来事は史実に沿っているから面白い。また原作では実写映画版と異なり主人公は元芸者の女性と付き合っているが、身分の差から結婚への壁が多い切なさも描かれている。

 

更に劇中で主人公は史実の中の重大な出来事について言及するシーンが少なくないが、その中では三田紀房先生が「この作戦はこう実行すれば良かったのに…」と考え演出されてるのではないかと思える恐ろしい戦術も紹介されている。特に主人公が提案した真珠湾攻撃の方法は実に恐ろしかった。

 

 

ただ本作が1番恐ろしのは主人公が「戦争を止めるために!」と繰り返し思考しているにも関わらず、物語が進むにつれて第三者の視点から見れば狂気にかられ戦争に向かおうとしている軍人にしか見えなくなっていくことだ。果たして原作ではどのような結末を迎えるのか… 実写映画版の結末を超える絶望を与えてくれることを心から願いながら連載を楽しみたいと思う。