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「原作の魂」「原作の血液」を染み込ませた映画独自の結末でカタルシスをもたらす実写映画版『累』

累

<注意> 原作と実写映画版『累』のネタバレ

実写映画版『累』は原作を上手く再構築して、「原作の魂」「原作の血液」を染み込ませた映画独自のカタルシスを描いてみせた作品だった。

 

累(14) (イブニングKC)

本作は松浦だるまの人気漫画『累』の実写映画版。原作コミックの累計発行部数は200万部を超えており、2015年には第39回講談社漫画賞の一般部門にノミネートされるなど高い評価を受けている。

自分の原作の感想は別記事を読んで欲しいが、個人的に原作は物凄く面白く、結末もかなり気に入っていたため実写映画版のハードルは高いなと感じていた。

 

 

  • 累のビジュアルの悲劇性は「再現及ばず」

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まず本作の予告編を観た段階から感じていたのは、累のビジュアルの悲劇性は実写映画版では「再現しきれていない」ということ。原作の累のビジュアルは漫画の特性が生かされた気味の悪い醜さを放っていたが、実写映画版では人気女優の芳根京子さんが演じていることから原作の持つ気味の悪い醜さは大分減ってしまっている。やはりビジュアルの部分ではリアリティラインの「低い漫画の描写」と「高い実写映画版」の差が露骨に出てしまった形だ。ただし芳根京子さんの何を考えているか分からないような気味の悪いオーラやファーストカットでの原作を彷彿させるギョロ目の見せ方、特殊メイクでの傷口や肌の荒れ方など原作には及ばすもベストは尽くしていたと感じた。

 

  • 「顔が醜い」故の悲劇描写も及ばず…

実写映画版は「顔が醜い」故の悲劇描写も、原作に対して劣っていたように感じた。例えば原作では顔が入れ替わった後のニナが外に出ると周りからジロジロと見られることで、自信を失いビクビクと肩をすくめることで累の背中に肉がつく理由まで悟る描写や顔の入れ替わった後の累が自分の本当の容姿への陰口を聞いてしまい改めて絶望する描写など「顔が醜い」故に起こる悲劇を丁寧に描写していて、とにかくエグい。一方で実写映画版では「顔が醜い」故の悲劇描写は少なくなっており、外面より内面の葛藤の方に演出の軸が置かれている。一本の映画にまとめるためには「やむなし」とは思うが、原作の容姿に対する残酷なまでの描写は多くの人が本作に引き込まれる第一の要因になっていたと思うのでその要素が薄まっていたのは残念だった。

 

  • 累の「卓越した演技」描写も…

漫画と実写映画の媒体の違いは累の「卓越した演技」演出でも差が出てしまった。何故なら実写映画では漫画と違って「卓越した演技」を演出するために、顔が入れ替わった後の累を演じる土屋太鳳さんが実際に「多くの観客を魅了する演技」を演技しなくてはいけないからだ。勿論土屋太鳳さんの演技は高いレベルに達していると思うし(特に駐車場で累を踏みつけながら語るシーンや屋上で自らに顔にナイフを突きつけながらの己の主張を叫ぶシーンは物凄く見応えがあった)、演出も「顔が入れ替わる前のニナの拙い演技」と「顔が入れ替わった後の累の卓越した演技」の差をうまく表現しようと最善を尽くしていたと思う。ただ劇中で掲げられている設定のハードルに対して「届いてないな…」と感じざるを得ないシーンも多かったのが本音だし、オーディションシーンでの「『卓越した演技』の演技しています!」感は少しキツかったりもした。

 

 

  • 原作を上手く再構築した実写映画

ここまでは漫画と実写映画の媒体の違いから生じてしまった実写映画版にネガティブな意見ばかりになってしまっているが、今回の実写映画版は原作の4巻冒頭までのエピソードをベースに映画用の「累とニナの物語」に上手く再構築していたと思う。特にその再構築が上手かったのは原作ではニナが自殺未遂をすることで植物状態になってから演じるサロメ』をクライマックスに持ってきた改変。原作ではニナは累が女優としてのキャリアが上がるにつれて自分の存在意義が分からなくなり精神的に追い詰められて自殺を選ぶが、映画版は原作では累がニナの次に顔を入れ替える相手が行う「累の本当の顔を舞台のクライマックスで露わにするための口紅の入れ替えトリック」をニナが実施する改変がされている。この改変によって原作では烏合さんを取られて長期の睡眠状態から起きた後はただただ精神的におかしくなっていくだけだったニナが累に対してカウンターを放つことで、映画独自の「女同士の醜い争い」をクライマックスの1つの山場として置くことに成功している。

 

そして実写映画版では原作ではニナの自殺未遂だった飛び降りの原因が累と揉めあった結果に変更されている。また落ちた直後に意識不明の状態のニナにキスをするシーンも原作では羽生田に強制される形だったが、実写映画版では累自らの意思に変更。原作では累が「サロメの呪われた運命」と「自分の呪われた運命」を重ねて演技に苦戦するも、「累自身の欲望の後ろめたさが見せる母親の幻影」を振り払い「サロメの運命と決別の意思表示」をすることで演技を成功させるが、実写映画版では「ヨカナーンとキスをするために、相手を殺して口づけをするサロメ」と「ニナの全てを奪おうとしている自分」が重なり、飲み込まれるのではないかという恐怖から演技に苦戦する。そして実写映画版では前述した通り、ニナを事故的ではあるが自らの手で突き落として気絶したニナに自らの意思でキスをして顔を入れ替える。つまり「ヨカナーンにキスを拒否されたが、殺してまで口づけをしたサロメ」の心情と「ニナにキスを拒否されたが、殺してまで(ニナは死んでいないが…)口づけをした累」の心情を「重ねる」ことで最高のパフォーマンスを見せてスタンディングオベーションを貰ったという映画オリジナルの結末を迎える。累の「劣等感」が演技に昇華されて、「本物が偽物を超える」ラストは物凄いカタルシスをもたらしている。

 

(C)2018映画「累」製作委員会 (C)松浦だるま講談社

 

 

  • 最後に…

人気漫画の実写映画化作品は原作のエピソードに沿っただけのダイジェストになってしまうケースも多いが、本作は原作を上手く再構築して一本の長編映画に落として込めることで「原作の魂」「原作の血液」が染み込んだ映画独自のカタルシスを見事に描いた作品だと感じた。

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  • 参考記事

www.cinemacafe.net