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コロナ禍の撮影で演出された「明智とマリアの濃厚接触」と「明智と苺のディスタンス」/『美食探偵 明智五郎』

美食探偵 明智五郎 [Blu-ray BOX]

テレビドラマ版『美食探偵 明智五郎』のネタバレ

日本テレビで2020年4〜6月に放送された『美食探偵 明智五郎』は他の春ドラマが新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け放送延期となる中で、当初の予定通り放送が開始された数少ない春クールドラマである。本作が当初の予定通りに放送が開始された背景には主演の中村倫也さんの舞台が6月に決まっていたことから、他の春ドラマより予定を前倒しにして撮影していたことがある。しかし、そんな本作も第6話の終盤までしか撮影ストックはなかった。そのため、他の春ドラマ同様に本作も放送延期を余儀なくされた訳だが、日テレはラストシーンの撮影が終わっていない第6話からの放送延期ではなく、第7話からの放送延期を決定した。

ではラストシーンの撮影が終わっていない第6話は、どのような形で放送されたのか?恐らく本作を知らない多くの人は「当初放送予定だったラストシーンをカットした状態で放送した」と推測するのではないかと思う。しかしこのドラマは違った。本作の第6話のラストシーンは緊急事態宣言が発出中の日本で「感染症対策を意識した密接を避ける特殊な方法」を駆使しながら撮影された映像が放送された。

 

  • 明智と苺のディスタンス

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※『美食探偵 明智五郎』/日本テレビ

これが実際に放送された第6話のラストシーンだ。背景は真っ暗で、役者2人の間にはソーシャルディスタンスが取られており、中央にはそれぞれの役者の方に向いたマイクが置かれている。本来なら音声を拾うマイクが画面に見えてしまっているのは「ギャグ」か「放送事故」の2択でしかない。しかし本作はシリアスシーンにも関わらず、マイクが丸見えの位置に置かれている。これも役者やスタッフが密接にならないための工夫だったのだと言う。そして放送終了直前には『「新型コロナウイルス」の感染拡大を受け、このような形で放送させていただきました。』というテロップが挿入された。

このシーンはコロナ禍、それも緊急事態宣言発出中に撮影されたドラマの貴重な映像として歴史に残っていくのではないかと思う。おそらく10年後、20年後に現在の異常事態を本当の意味で理解していない義務教育中の生徒や、まだこの世界に生まれていない未来の人たちが、この映像を観たら「2020年のコロナ禍でドラマを撮影するには、ここまでの感染症対策をしなくてはいけなかったのか…」と驚くのではないかと思う。そういう意味では今、我々は本当に歴史の中の1ページにいるのだな、と肌で実感させられる。

 

 

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※「ソーシャルディスタンス撮影シーン」直前の「濃厚接触シーン」

ただ本作のスゴいところは、この奇抜な撮影方法が、第6話のラストシーンの内容とマッチしているところだ。本作のヒロインは主人公・明智五郎の探偵事務所の前でワゴン販売の弁当屋を営む小林苺という女性だ。2人の関係は「弁当屋と常連客」という関係だけでなく、「探偵と助手」という関係にもなっている。小林苺は当初、自分が明智の助手のような仕事をさせられることに納得いっていなかったが、次第に彼の助手を務めていることにやりがいを感じ始め、彼に対する恋心も抱き始める。しかし第6話のラストシーン直前のシーンで、これまで明智と一緒に追ってきたマリアという犯罪者が、自分も知る女性だったにも関わらず秘密にされていた事実が明かされる。更に苺は明智が燃え盛る家に閉じ込めれていても、その家の中に飛び込み明智を助ける覚悟を決めれなかったが、マリアは躊躇なく明智を助けるために燃え盛る家の中に飛び込み、尚且つその家の中で2人のキスを見せつけられる。苺は自分が明智から助手として信頼されていると信じていたにも関わらず、マリアの正体を秘密にされていたこと、そして明智とマリアのキス(濃厚接触)にショックを受ける。

その後に放送されるのが、前述した「ソーシャルディスタンス撮影」が行われたシーンだ。このシーンで苺は明智に対しての想いを打ち明ける。彼女の想いは明智にもっと近づきたいというものだった。しかし明智は彼女のことを「お弁当屋さん」以上の存在とは見ていないことを戸惑いを見せながら語る。つまりこのシーンは苺の「明智との距離感」を表すシーンとなっている訳だが、この「近づきたいけど近づけない」という苺の心境は、奇しくも当時の日本の状況、そしてこの撮影スタイルに上手くハマっていた。「明智とマリアのキス(濃厚接触)シーン」と「明智と苺の心理的距離(ディスタンス)シーン」の対比が強調されているのも良かった。

 

 

  • アイドルとファンのディスタンス

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※地下アイドルのライブシーンでファンはマスクを装着

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※アイドルが近寄ってきたので、ディスタンスを取る刑事

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※ノーマスクのストーカー

また放送再開回となった第7話の地下アイドルのライブシーンでは、ライブに参加しているファンが全員マスクをしている状況が映し出される。その上、地下アイドルファンであり「オレはただのファンなんじゃ!コネとか使うたらオレとミワはもう純粋なアイドルとファンの関係じゃなうなってしまうのじゃ!永遠のディスタンスじゃ!」と叫ぶ刑事の元にアイドルが近づくと「ディスタンスじゃ」と露骨に距離を取ろうとするシーンが存在する。一方でその直後に現れる、ストーカーと化した男性はマスクをつけていない。これは純粋に「メインキャラはノーマスク、モブキャラはマスク装着」というだけの話なのだが、「アイドルと適切な距離が取れている人たち」がマスクを装着していて、ストーカーと化した男、つまり「アイドルと適切な距離が取れていない人」がノーマスクという風に見える演出は面白いなと感じた。

 

 

  • 最後に…

パンデミック以降のドラマは、新型コロナウイルスの影響を受けざるを得ない状況だ。しかし『美食探偵 明智五郎』のようにマイナスな状況をプラスに転換することに成功したドラマも存在する。そして本ドラマは、コロナ禍である今こそリアルタイムで観る意味があったドラマなのではないかと感じ、またもや「テレビの魅力」というものに触れさせて頂いたような気がした。

 

  • 参考文献

www.cinematoday.jp

荻野哲弘プロデューサーや中村倫也さんの想いが伝わってくる記事。

 

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  • 発売日: 2020/05/08
  • メディア: MP3 ダウンロード