2020年10月16日(金)に公開された『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』はオープニング3日間で興行収入46億円を記録する大ヒットスタートを切り、年内にも興行収入308億円の宮崎駿監督作品『千と千尋の神隠し』を抜き、日本映画史上最大のヒット作品になる見込みだという。
- 「物語の途中で始まり、途中で終わる映画」
本作は『週刊少年ジャンプ』の同名漫画を原作としたテレビアニメ版の劇場版。ただし同じく人気漫画を原作とする大ヒット劇場版シリーズの『ONE PIECE』や『名探偵コナン』とは異なり、本作は映画オリジナルの単独作品ではなくテレビアニメ版の地続きとなる原作の1エピソードをアニメ化した作品となっている。また本作は全23巻の原作漫画の7・8巻のエピソードをアニメ化していることから、物語の完結編でもない。つまりは本作は「物語の途中から始まり、途中で終わる」という一見さんにはハードルの高い作品となっており、本来なら映画興行的には不利な作品ともいえる。それにも関わらず本作は日本映画史上最高のヒット作品になろうとしている。その理由は何なのか…
- ヒットの理由は「複合的」
本作が日本映画史上最大のヒットとなった理由は「複合的」としかいいようがない。まず大前提は『鬼滅の刃』という作品そのものの魅力とテレビアニメ版のクオリティ。次に漫画またはソフトを購入するか、レンタルするしかなかった一昔前とは異なり、「Amazonプライム・ビデオ」や「Netflix」などでストリーミング配信されていることから、作品そのものに触れやすい状況にあったこと。それに加えて今年は新型コロナウイルスの感染拡大による自粛期間により、作品を一気見しやすい時間的な余裕が生まれ、多くの人が作品に触れたということも挙げられるだろう。
- ヒット最大の理由は上映回数の「全集中」
ただ個人的に本作の劇場版がここまでの記録的なヒット、特に『アナと雪の女王2』のオープニング興行19.4億円を大きく超える歴代最高のオープニング興行を叩き出せた背景には公開初日に全12スクリーン中11スクリーンを使って全42回の上映を行った「TOHOシネマズ新宿」をはじめとする各映画館が本作に上映回数を「全集中」させたことにあると考える。
以下はスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーの著書『ジブリの仲間たち』(新潮新書)より、映画の上映スクリーンに関する記述の引用。
『千と千尋』がスクリーンを独占してしまったことで、普通ならヒットが見込めたはずの他の映画が軒並み割を食ってしまったのです。
「『千と千尋』のような事態は二度と起こしてはならない」
興行界ではそんな話が出ているという噂が伝わってきました。もっと各社で協調して、いろんな映画に機会を与えるべきだというのです。日本の映画市場に訪れた本当の「自由競争」は一瞬で終わることになりました。
<出典:『ジブリの仲間たち』/鈴木敏夫/新潮新書/155・156P>
ここから読み取れるのは興行界の「メガヒット作品の一人勝ちを望んでいない、そうならないように自制していかなくてはならない」という考え方だ。しかし今年の10月は「洋画などの話題作品が次々と公開延期となり、ヒットを見込める作品がなかった」という状況に加え、「感染症対策として密を避けるために、動員数が見込める作品は複数のスクリーンで上映することで観客を分散させた方がいい」という免罪符のもと、前代未聞の上映回数が実現した。そしてかつてない規模の上映態勢を見事に満席にした本作は、これまでは物理的に不可能だったレベルのオープニング興行を叩き出した。そしてその記録自体が大きく報道され、話題になることで更なる客を惹きつけることに成功し、そのことがまた話題となり…、という「ヒットのスパラル構造」を見事に生み出す結果となった。
- 最後に
『鬼滅の刃』は新型コロナウイルス感染拡大前からコミックスの累計発行部数が爆発的な伸びを見せていたことから、仮に新型コロナウイルスが流行していなかったとしても記録的なヒットとなっていた可能性は高い。しかしここまでの記録づくめのヒットとなった背景には、コロナ禍の状況も欠かせなかったのだろう。
参考記事
国内映画ランキング(2020年10月17日~2020年10月18日) - 映画.com
映画館、「鬼滅の刃」に全集中 1日42回上映「まるで時刻表」、朝6時に行列:朝日新聞デジタル
アニメ映画「鬼滅の刃」、1日に42回上映の劇場も…16日公開 : サブカル : エンタメ・文化 : ニュース : 読売新聞オンライン
劇場版「鬼滅の刃」は歴代最高の初速を出せるのか? 興行収入100億円突破は? : 細野真宏の試写室日記 - 映画.com