MCU最新作『デッドプール&ウルヴァリン』を観た。
- ついにウルヴァリンと共演、MCUに参入も…
これまで『デッドプール』シリーズは20世紀フォックスのマーベルコミック映画だったが、ディズニーに買収されて子会社化したことで、MCUの最新作として公開された3作目。ついにウルヴァリンとの共演も果たし、MCU入りとなれば、それは正にファンが望んでいた展開であり、「よっ、待ってました!」と喜んで劇場に向かいたいところだが、MCUは『アベンジャーズ/エンドゲーム』で最高潮に達したシリーズの人気はフェーズ5以降は右肩下がり。ただでさえ一度集大成を迎えた作品のその後は人気を維持するのが難しいのに、MCUの場合は作品の公開ペースが早まり、更にそこにドラマの配信も追加されて、余程熱心なファンでもない限り、全てを高いモチベーションのもとで追い続けるのは難しい状況となる「MCU疲れ」を引き起こし、肝心の作品のクオリティの低下まで指摘される始末。マルチバース展開により、どんどん話が広がる一方で、ストーリーがどこに向かっているのかイマイチハッキリせず、それでいて明確な軸となるはずだったヴィラン・カーン役の降板劇も加わり、明らかな「グダグダ」感と収拾がつかない感じに陥った。そのため『エンドゲーム』公開前の『デッドプール2』公開時とは随分MCUの立場も変わっており、公開前のファンの温度感としても「ついにMCUにデッドプールが参戦!」という純粋なワクワクよりも「この状況に陥ったMCUをメタ視点の持つデッドプールがイジることで何とか救ってくれ…」みたいな「救済者」としての期待の方に比重が掛かってしまっているような気がしないでもなかった。
- 20世紀フォックスのマーベル映画にスポット
そんなこんなで映画を観る前は本作は「今のグダグダなMCU及びディズニーをデッドプールがメタ的にネタにすることで不満の溜まるファンへのガス抜きと気持ちが離れかけているファンの繋ぎ止めと連れ戻しのための作品」になるのかな、と予想していたが、実際はMCUという巨大な帝国に飲み込まれることで、忘れ去れていくであろう「20世紀フォックス」のマーベルヒーローたちにスポットを当てる映画で、「いや、なるほど、そう来たか!」と良い意味で驚かされた。特に「20世紀フォックス」のロゴが砂に埋もれた虚無の世界で、クリス・エヴァンズ演じるキャプテン・アメリカが登場したかと思いきや、『ファンタスティック・フォー』のヒューマン・トーチだったと判明するシーンでは『スパイダーマン』『ウルヴァリン(X-MEN)』『アイアンマン』と並んで個人的に「小さい頃にテレビで観て好きだったけど、その後のアメコミ映画史的に割と記憶の奥の方に押し込められていた存在」とスクリーンで再開する感覚があって、凄く嬉しかったし、テンションも上がった。その後、皮膚を剥がされてバラバラにされるというあまりにも残酷な殺され方をされた際には「えっ?なんでこういうことするの?マルチバース・オブ・マッドネスなの?」と少しモヤついたりもしたが、デップーが「コイツ、ギャラ高いから」みたいなメタ的ギャグで落としたのは笑った。エンドロールの際に『X-MEN』シリーズをメインとした「20世紀フォックス」によるマーベル映画のメイキング映像集が流れたのも、「割と今回の作品に出てないキャラに時間を割くんだな」感もあったが、何だかんだで最後のロゴを見ながら「この世界にはMCUとSONYとは異なる、20世紀フォックスのマーベル映画が確かに存在していたし、自分はその映画たちに触れて育ったけど、ここで時代に一区切りがつくんだな…」と感傷的な気持ちにもなった。
- 必要なのは予習より思い出の引き出しの量
そんなこんなでここまで読むと「大絶賛」みたいな感想になるのだが、粗品の1人賛否のように「ただぁ!」みたいなところもあって、後半に登場するブレイド、エレクトラ、ガンビットには全くと言っていい程思い入れがなかったので、イマイチピンと来なかった。本作についてショーン・レヴィ監督は「予習はいらないよ!」と言ってたが、「昨日全然勉強してなかった」と自虐していた割に普通に良い点を取るクラスメイト並に信用してはいかない発言だったように思うし、だからといって今回の作品を事前に付け焼き刃的に予習したところで(そもそも本作はネタバレなしで予習をすること自体の難易度も高い)、作品のネタの理解度は上がるだろうが、本質的な感動に至るかと問われればそういう訳でもないだろう。とどのつまり本作に必要なのは事前の予習ではなく作品への思い出の引き出しの量であり、それは一朝一夕でどうにかなるものでもない。そのため自分が本作を真の意味で感動するにあたっての思い出の量はやや不足していた感は否めなかったし、「MCUとデッドプールは好きだけど、他はよく知らない」みたいな人からすれば「友達に『今度集まろうよ』と誘われて共通の友達と集まるのかと思って遊びに行ったら、自分の知らないその友達の友達ばかりで、微妙に馴染めず、その友達とその友達の友達が盛り上がれば盛り上がるほど、溝を感じて気まずさが増す」みたいな作品になってるのかな、感もあった。ただその部分を批判したいのかと問われれば同窓会にケチをつけることほどヤボなことはないので、当然そんなつもりもなく、純粋に嫌味とかではなく日本もアメリカも「子供の頃に好きだったモノを大人になってから再会するタイプのファンダム映画がウケる傾向にあるんだな〜」みたいなことを思った。
※『ブレイド』は20世紀フォックスではないらしい
※ガンビットは制作が頓挫した『X-MEN』のスピンオフ企画
- 最後に…
This isn’t just Deadpool saying ‘Oh, Hello’ to the MCU. It’s Deadpool – and Hugh, Shawn and me – saying farewell to a place and an era that literally made us. We are forever grateful to the fun, weird, uneven and risky world of 20th Century Fox. It was our origin story and we… pic.twitter.com/bvrp3cTote
— Ryan Reynolds (@VancityReynolds) 2024年7月27日
そんなこんなで自分が思い出のある要素は送り手の意図通りに楽しんだし、そうではない部分は「まー、多分こういうことがやりたいのだろう」ということで楽しんだ訳だが、デップーによるディズニー及びMCUイジリに関しては思いの外跳ねずにやや窮屈さを感じたし、「過去があるから今がある」というメッセージがあるとはいえ、前2作品と比べてストーリーよりコンセプトの方が前に出ている感も否めなかったので、「面白かったんだけど…モゴモゴ…」的な感想となった。最後にデッドプールとウルヴァリンの共演が馴染みすぎて意外とコラボ特有のフレッシュ感が薄かったのと3D上映がなかったのが残念。
【オマケ】
他の人も結構指摘してるけど、冒頭でデップーが歌ってるの、初めは後ろの人が歌ってるのか、デップーが歌ってるのか判断できなくて、「デップーなんだよね…」と祈るような気持ちで観てた。
【オマケ2】
中盤の車でのデップーとウルヴァリンのバトルはカーセックスのメタファーだと思うと、より楽しい。
【オマケ3】
正直な話、あのウルヴァリンとデップーが共演してあのネタをイジって欲しかった、感はある。
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