ネタバレ注意
三谷幸喜最新作『スオミの話をしよう』を観た。
- 「舞台みたいな映画」こそのアンサンブル
『スオミの話をしよう』三谷幸喜「セリフ劇調にして、舞台のようにワンセットでできるようなシチュエーションで構成/リハーサルも舞台稽古のように少し長め/“いろいろな意味ですごく舞台っぽい映画をつくってみたい”という発想から始めて、最終的にそんな映画が出来上がった」 https://t.co/CfqeELxo1i
— ゴミ雑草 (@mjwr9620) 2024年9月13日
三谷幸喜監督の映画作品は「舞台みたいな映画で好き」派と「舞台みたいな映画で嫌い」派で評価が割れてたりしている。自分は前者なのだが、三谷幸喜監督自身もそうした評価には自覚的で、今回はそこを開き直って敢えて「舞台みたいな映画」を意識して作ったという。だからセリフは他作品より劇調のセリフで、舞台もワンシチュエーションで、事前に入念なリハーサルもして、長回しのワンカットを多用したという。その結果、生き生きとした役者たちによるアンサンブルが心地よく、「三谷幸喜のドタバタコメディ」としては全編物凄く楽しかった。ただSNSの感想を眺めていると、元々「舞台みたいな映画で嫌い派」にとっては、その傾向が強くなってより受け付けない様子。その意味では結構人によって好き嫌いは割れるのかもしれないが、これまでの三谷映画が好きな人にとっては十分面白い作品になっているように思う。
- 割と序盤で明かされるスオミの正体の本質
一方で本作は予告編からは「5人の男によって語られる異なる長澤まさみ演じるスオミ像、果たしてスオミの正体は…」という謎で引っ張る映画のように思えるが、その謎に関しては最初の30分くらいの段階でエンケン演じるスオミの中学時代の担任かつ最初の夫によって「スオミはその男が求める女性を演じてしまう」ことが語られ、後半に「父親が母親の再婚で何度も変わってその度に上手くやっていた」というバックストーリーが捕捉されるも、「スオミの正体の謎の本質」自体は割と序盤に明かされて、そこから特に逆転がないので「謎解きミステリーとして物足りない」との批判は分からなくもない。この構成故に「自分の知っているスオミこそが本当のスオミだ!」みたいなマウント合戦も意外と少ない。中国語しか喋らないスオミも「だって3番目の夫が大陸出身者が好みだからでしょ」で終わってしまう。普通は「自分のスオミこそ本当のスオミだ」と信じて疑わない3番目、4番目、5番目の夫がマウント合戦をしてスオミの謎を深めながら、中盤までずっと黙って話を盗み聞きしていた1番目の夫が「あなたたちは女性を一面的にしかみていない!」とブチギレて真相を明かすのがセオリーだろう。何故今回のような構成にしたか理解に苦しむ部分はある。誘拐の真相も「スオミによる自作自演でした」という「ですよね」という感じなので、想像を何一つ上回って来ない感があるのも事実。三谷幸喜がゲスト出演したバラエティ番組の司会だった中居正広が「手に汗握らない映画」と評していたが、正にそんな感じの映画。それでも自分は「あの現実の日本からはちょっと浮世離れした三谷ワールドが繰り広げられるドタバタ」が楽しかったので、満足度は高かったが、そうでない人からすると「なんじゃこりゃ」という感じなのかもしれない。
- 4番目の元夫視点による内省の物語
ただ視点を変えて「本作の主人公はスオミではなく、西島秀俊演じる4番目の元夫」だと思って見ると、「色々と足りないところのある女性・スオミに対して優位に立っていたつもりが、実は自分の求めている姿を演じられていただけで、元夫として定期的にスオミと会食していたのも、話を聞けば他の元夫陣と比べて数は少なく、1番目の元夫のように子供の頃から見守って本質を見ていた訳でもなければ、2番目の元夫のように金持ちでもなく、3番目の元夫のように刑事事件を揉み消すほどの権力もなければ、5番目の現在の夫のように精神的に楽させていた訳でもない、そんなオレってスオミにとって何なんだ…」というモラハラ男の自省の物語として観ることも出来る。ただスオミは最後までフィクショナルな存在(時折「トロフィーワイフ」などのワードも出てくるが…)なので、「女性に幻想ばかり抱いて自分の理想を押し付けないで、1人の生身の人間としてちゃんと見て」的なメッセージにまでは至ってない。多分ここら辺が「三谷幸喜の女性の描き方が一昔前感があってキツい…」的な批判を招いてしまっている部分なのだろう。
- 長澤まさみの代表作になるのか
三谷幸喜監督は本作を「長澤まさみという女優の代表作にしたい」と明言している。実際、クライマックスの5人の夫を前にした5人格の演じ分けからの段々面倒くさくなったのか1番目の元夫向けのツンデレモードで「つまんねーこと聞いてんじゃねーよ、オッサン」で雑に処理していく感じとか面白かったが、同じ複数の人格を演じ分ける詐欺師を演じた古沢良太脚本の『コンフィデンスマンJP』シリーズと比べると、ハッチャケ度は足りず、何処か窮屈な感じもした。「どの旦那よりもヘルシンキが好き(血の繋がった父親との関係匂わせ)」というオチも、「謎の女性像」のパッケージとしての限界というか底の浅さみたいのも感じさせた。近年の長澤まさみのキャリアは『コンフィデンスマンJP』シリーズがそれなりの割合を占めているが、それに「代表作」として立ち向かえていたのは、本作というよりは全く違うベクトルで「大人の女性像」として描いた大根仁監督による『エルピス』の方に軍配が上がり、何となく『コンフィデンスマンJP』の企画的な二番煎じ感も否めなかった。ただフジテレビムービーだから今後数年は定期的に『土曜プレミアム』で放送されるだろうし、『コンフィデンスマンJP』より一見さんも観やすいと思うので、代表作として名を残す可能性は十分あるのだろう。
- 最後に…
そんなこんなで「全編楽しかった!」という割に後半は愚痴ばかりになっているが、松坂桃李演じるYouTuberの軽いノリのカッコ良さとかセスナの空中アクション、ラストのミュージカルシーンのシュールさなど、印象的なシーンも多くて、個人的には本当に楽しい時間を過ごせた作品だった。
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