細田守監督『果てしなきスカーレット』の感想を見てると、「この聖ってキャラに全然感情移入出来ないんだけど…」みたいな困惑の声も多い。
- 細田守監督「コロナで入院した時の看護師に…」
新型コロナウイルスに罹患して入院したことがありまして……。/そのとき、看護師さんたちが、親身になってケアをしてくださった。/聖のキャラクターに合う職業として、最初に頭に浮かんだのが、そのときお世話になった看護師さんたちの献身的な姿だったんです。
聖は「生と死」と「過去と未来」が溶け合う「死者の国」で復讐に囚われたスカーレットが出会う現代日本から来た看護師。「死者の国」でも殺し合いをしているスカーレットたちに「争いはやめろ!」と訴え、中立的な立場として怪我をしたスカーレットの敵に対しても治療を施す。宮﨑駿監督の『もののけ姫』に当てはめれば、アシタカ的な存在で、現代の日本人設定の割には弓や馬の技術にも長けている。この聖に対して「綺麗事ばかりで、人間味がない」と感じる人が多いようだが、細田守監督曰く聖は自身が入院した際に看護師に親身にケアされた経験をベースにしているという。本来「看護師としての職業人としての顔」と「一個人の人間性」には必ずしも重なり合わない部分もあるはずだが、本作では「看護師としての職業人としての顔」に「細田守監督の想う理想主義」が直結されたことで、人間味の感じられない「綺麗事の権化」のようなキャラクターが誕生してしまったと推察される。
- 「争いはよくない!」の聖が人を殺すが…
自分の娘が私のために復讐をしようとしたらどう思うだろうか、と考えました。
父親としては、間違いなく「やめてほしい」と思うでしょう。復讐を果たそうとする気持ちは感謝するかもしれません。でも、それよりも娘には自分自身の人生を大事にしてほしい。
ただストーリーの中に聖にも人間味を出せる瞬間があったように思う。それはあれだけ「争いはやめろ!」と訴えていた聖が、自身が現世で通り魔に襲われたことを思い出す場面で、人を殺めてしまう(虚無送り)シーンである。本作には「復讐に囚われる人生は良くない」とのメッセージがあるが、例えばここで聖が自身の死因を思い出すことで「赦せない」という感情に囚われてしまい、スカーレットが聖の姿を辛く想うことで、自身の状況を客観視して、父の「赦せ」の真の意味に気づく、的な展開にも出来たはずだ。しかし本作では聖が人を殺めた件についてはその後言及はなく、聖に心情的変化がある訳でもない。それまでの聖のキャラクターを踏まえれば、自身を襲ってきた相手に対しても怪我の治療をするくらいの度を越した優しさを見せてもいいはずなのに、あのタイミングで人を殺めて、物語的にも特に意味をなさないとなると、聖は本当によく分からないキャラクターとなり、結構ガチ目に「怖さ」すら感じてしまう。
- スカーレットの未来への決意と関係ない死因
また『時をかける少女』よろしくラストでスカーレットが「復讐の連鎖を止めて、未来の争いをなくして、聖がおじいちゃんまで長生き出来る未来を作る!」と聖に誓うが、聖の死因は通り魔なのでスカーレットの頑張りが聖の死因回避に繋がってくるような気がしないので、クライマックスがイマイチ盛り上がらない。「この話なら普通に『聖は戦死』ではダメだったのかな?」と疑問に思う。特に今回の聖は現代日本といっても、渋谷の再開発後の近未来の日本なので、「日本は再び戦争に突入し…」くらい踏み込んでも良かったのではないかとも感じる。そうすればストーリー的にも「聖は今より少し先の未来の戦時中の若者だった」という驚きにもなったし、スカーレットの「未来のための戦争回避宣言」が「果てしなく遠い、僅かな希望であっても、今出来ることが聖の死を回避して、戦争のない平和な世界に繋がる可能性」を見ることが出来るし、観客の立場としても「スカーレット同様に聖を死なせない未来のために今の自分に何が出来るか」ともっと直接的に問うことも出来たのではないか、と感じたりもする。それをすると「何故『死者の国』に現代の日本人は聖しかいないのか」の疑問がより強化されてしまうのだが…
- 最後に…
そんなこんなで聖は「普通の人間の感覚を超越するほどの理想主義者を体現している割に、特に物語的な意味もない殺しを普通にするし、スカーレットの未来への想いと直接的に絡んでこない死因の看護師」という「よく分からないキャラクター」になってしまっているように思えた。逆に「聖の人殺し」と「死因の通り魔」に対して本作のメッセージに沿った形で物語の意図(例えば「聖が人を殺したのは理想主義者の彼も現実の〜」的な解説は個人的には本作の物語展開的に納得感がない)を説明出来る人がいるなら、聞いてみたいものである。
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