今回は木村拓哉と二宮和也の初共演が話題の原田眞人監督作品「検察側の罪人」の感想です。
観る前の期待度
本作は一応ダブル主演ではなく木村拓哉主演映画という括りだが、宣伝の「木村拓哉VS二宮和也」「二度と観られない世紀の対決」「8.24 対決」などのコピーから事実上2大スター共演映画である事は間違いない。
しかし2大スター共演映画を成立させるのは意外と難しい。何故ならトップレベルのスター俳優が2人並べなければ成り立たないからだ。さらに片方が一方に対して格落ち感があればソレは成り立たなくなる。その意味では木村拓哉と同じレベルで並べる俳優を見つけるのは至難の業だと感じる。ただ本作はソレが成り立っている。その理由はある時期から一部歌番組以外不自然な程共演が無かった元SMAPと嵐のメンバーの本格的な初共演作品であり、多くの人がその事情を理解しているからこそ2人の共演の価値の高さを理解した事で2大スター共演作品として成り立つ事に成功したのだ。これは今まで噂されていたジャニーズ事務所の派閥を逆手に取った驚くべき手法だと感じさせられる。
また本作の真の意味での凄さはジャニーズ事務所のアイドル2人(キムタクが未だアイドルなのかは不明だが…)が共演している作品にも関わらずアイドル映画らしさを微塵も感じさせない事だ。普通アイドル2人が共演する映画を公開すれば、ファン以外の人には近寄り難い内輪向けのオーラを放つ作品が出来る可能性は高い。しかし本作は内側ではなく外側に向けた作品のパッケージに成功しているように思える。観る前の段階では多くの人が当たり前のように普通の映画として受け入れている所に本作の凄みを感じる。これは2人が今までシッカリと役者としてのキャリアを積んできた証だろう。
観た後のネタバレ感想
年配客が多い劇場で観てきました。予告編からは想像が付かない展開の連続でとてもハラハラさせられる作品だった。ラテン調の音楽が作品を上品にしているのも高ポイントだ。以下ネタバレ全開で掘り下げるので未見の方は注意です。
- テーマを提示するオープニング
#検察側の罪人 いよいよ本日公開です。劇中に作品採用して頂きました。どうぞ宜しくお願い致します。https://t.co/n8bLRXwW3z pic.twitter.com/ePpT7SSIS1
— 古賀勇人 (@hayatokoga) 2018年8月23日
東宝の配給マークの後、都会の映像の映像をシンメトリーで見せるオープニングクレジットが展開される。これは本作のテーマである対立する正義の構造を提示しているように感じさせ音楽も相まってこの映画の世界観にいきなり引きづり込まれる。
その後冒頭で木村拓哉演じる最上は新人研修を終えようとする若い検事の前で「バカ!」と怒鳴り凄味を見せる。その後再び「バカ!」と怒鳴るが2回目の方は少し冗談めいたニュアンスを残す。1回目の圧迫の後にコレをやられると、立場が下の人間からすると「怖い人だけど根は良い人なのかな?」というイメージを与える事が出来る。正に飴と鞭理論であり、最上の性格を表している登場シーンだ。
その後最上は「自分のストーリーに固執する検事は犯罪者になる」と新人に説き、二宮和也演じる沖野と対面する。コレは結末を観た後に再び観ると円環構造になっている事が分かる作りになっている。
- 少年法に守られた松倉
本作の殺人事件の容疑者である松倉は荒川の事件で強姦容疑と殺人容疑をかけられていたが、極めて黒に近い状態で白となり時効が成立した。そして彼は何と少年時代にも事件を起こしていたが、少年法に守られ所謂少年Aという肩書きだった存在だ。
奇しくも先日少年法の問題点の代表事件に当たる「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の犯人が再び殺人容疑で逮捕されたという報道があった。もう一度少年法について考え直す時期が来たのかも知れないが、喉元過ぎれば熱さ忘れるように今回も時と共に流れていくのかもしれない。ただ一人で多くの人に引っ掛かりを作る意味でもこのタイミングでの公開は偶発的にも意味の為すモノになった。
- 松倉自供シーンの最上
「キネマ旬報」のインタビューを読むと松倉が荒川の事件を自供するシーンで、最上がイヤホンを外すシーンは木村拓哉のアドリブだと言う事が分かる。またパンフレットのインタビューから最上が取る後の行動に対して彼の行動に賛成出来ないと厳しく感情を作っていたと語っている。その為このシーンで思わず松倉の供述中にイヤホンを外してしまったのはキムタクと最上の感情がリアルにシンクロした部分になんだろうなと感じた。
- 松倉取り調べシーンのアンサンブル
本作で一番観客が良い意味で不快な気持ちになるのは沖野が松倉を取り調べるシーンを挙げる人は多いだろう。沖野が「ヘドが出る思いでやってやってるんだよ!」と怒鳴る姿は劇場のスクリーンで観ている身として逃げ出したい気持ちに駆られるがスクリーンに強制的に向き合いの形になっている為逃げられない辛いシーンに仕上がっている。
沖野が松倉に迫るシーンは松倉が興奮状態で手を付けられない様子と吉高由里子演じる橘が恐怖で震えている様子を見事に演じ切れているからこそ成立している役者達が奏でるアンサンブルを楽しめる名シーンだ。ここで1人でも演技が下手な人が混じっていたら台無しになっていただろう3人だ作り上げたシーンだ。
またニノの松倉を黙らせる為に両手の拳を思いっ切り机に叩きつけるシーンは鳥肌モノだ!
- 暴走する最上の正義
今回最上は私怨をベースとした歪んだ正義の元で暴走していく。彼の親友が亡くなったという知らせを受けた時の彼の姿は窓のブラインド越しから入る光と陰によって白と黒が入り混じっていた。コレは彼の中の正義のバランスが崩れようとしている瞬間を捉えたのではないか?
また彼が拳銃を始めて手にしようとする瞬間の「平常心を保とうとして平常心が保てていない状況」を表情のみで表現している。そしてこの細かい顔の演技から普段のキムタク感を感じさせない所にも驚かされた。
最上が拳銃を手にしてからは、彼の姿を車の後部座席から捉えている。このシーンは異様にカメラが上下左右にブレているが、彼のグラつく心理状況を表現しているように感じる。また自分より大きな車という乗り物で移動する姿は、何処か自分の許容範囲を超えた歪んだ正義を自分の手で運転しているのか、その乗り物に乗せられているのか分からない絶妙な様子を醸し出している。
最上と弓岡がフードコートで話す姿は吐き気が催す嫌悪感を放っているが、席を立ちトイレで弓岡を殺そうと決意する最上がそのままトイレで嘔吐する姿につい共感してしまい、弓岡を殺す事がまるで正義かのように錯覚させられてくる。その後一線を超えた最上の疲れ切った姿を観ると此方までドッと疲れて来てしまう。次の日職場に姿を現わす最上の一線を超えた様子を表現するキムタクの演技も素晴らしい。
この生き過ぎた最上の姿をこの映画の中ではインパール作戦と重ねているが、現実世界では医学界の現状を盾に女性差別を正当化した東京医大の入試問題などが重なってくる。また劇中で何度も映し出される新興宗教の信者の姿もオウム真理教を連想させ、服装が白から黒に一気に変わり同じ舞を踊る信者の姿は葬式だからという意味合い以上の何かを感じさせる。
- 最上と沖野の対立
特報段階から繰り返し上映されているキムタクとニノの言い合いシーンも、最上の一線を超えた姿を目にした後だと意味合いが大きく変わって見える。
このシーンでは最上は「そんな訳無いだろ…」とツッコミたくなる様な自分に都合が良いストーリーを沖野に説く。ただ沖野は髪の毛をクシャクシャとさせて悩んだ後に真っ向から反論する。この時のニノの演技は堪らなく良い。そして此処でキムタクの表現を借りるなら180%の嘘を通そうとする演技も良い。分が悪いと分かると机を叩きながらキツい言葉を吐いて相手を黙らそうとする嫌な奴感が堪らない。
- 無罪を勝ち取った松倉の最期
最上の固執するストーリーとは真逆の結末を迎えた本作。松倉は無罪を勝ち取り得意のタップダンスを披露しながら意気揚々とコレからの先の人生を迎えるように見えた。
しかし彼は車に惹かれて死亡する。コレに最上が関わっていたのかは劇中では明かされていない。ただその前のニノに対する松倉の態度から「やっぱり、コイツ無罪にするべきじゃなかったんじゃ…」とか「こんな奴死刑になった方が…」みたいに思わせる演出の後だと、この松倉の死のシーンは一見因果応報・自業自得という言葉でつい片付けたくなってしまう怖さがある。また再び犯罪を犯すのではないかという気持ちから松倉は死んだ方が世の為なのではないかと彼の死を正当化してしまいそうにもなる。観客が自身の正義がグラつき始めたと自覚した時この映画は真の意味を持つように思える。
ただこのシーン予告編で繰り返しやってたから、この後どうなるか予想がついちゃうのが残念…
- 沖野の叫び
クライマックスで沖野は最上に自身の疑念と想いをブツけ、最上が本作のオープニングで説いたように自分のストーリーに固執する余り彼自身が犯罪者になってしまったと訴えかける。
ただ沖野は最上に「庭を掘ってみれば死体が出るかもしれない」と問われても、庭を掘り返そうとせずに帰路に着く。そして沖野は最後叫びエンドクレジットに入る。このシーンで最上は別荘のベランダという高い場所から沖野を見下ろしている。原作では最後最上は捕まるようだが、本作ではまるで沖野が最上の歪んだ正義を取り入れられてしまったように感じる。
彼の最後の叫びの理由は自分が目を瞑り見て見ぬ振りをすれば何処か世界は上手く回っていくという残酷な真実と自分の信じる正義のバランスが崩れ去っていく苦しみの結果なのではないか?
- 俳優としての木村拓哉
個人的に「アイムホーム」で記憶を失う前と後の性格が異なる主人公を対比させる演技をする事で「キムタクは何をやってもキムタク」という世間からのイメージを脱却したように感じていた。
また「無限の住人」では血みどろに染まる役柄を演じて、自身のパブリックイメージを更新していこうという姿勢を感じさせていた。
そして本作では自身最大の代表作で、木村拓哉主演作品で唯一シリーズ化された「HERO」と対になる作品の主演を務めた。そして本作はただ単純に「HERO」にも出演していた役者を揃えたり、久利生公平の真実を求める正義の検事に対しての真逆のエリート検事を演じるだけでストーリーラインは「HERO」と同じという表面的なセルフパロディに終わっていないというのも素晴らしい。また同じ木村拓哉主演作品として「HERO」と比較して観るのも面白いかもしれない。
さらに付け加えるなら、本作の公開前に物腰柔らかい性格のボディガード役を演じたり、西武・そごうのCMでキムタクのパブリックイメージに近いダンスを披露したり、「まだこんな役もやるの!?」と驚く様な魔王役のCMをやったりと様々なイメージを提供していた。そして本作の番宣では前髪を下げた優しそうで、ノリの良いキムタクがバラエティに出演して露出する事で役者としての顔を際立たせる事になっている。
- 俳優としての二宮和也
ニノは「プラチナデータ」で二重人格を演じたり、「暗殺教室」の実写版ではファンも気付かないレベルの声優スキルを見せて器用なイメージがあったけど本作でもその力を発揮してた印象。前述した通り彼が松倉を取り調べるシーンの迫力は鳥肌モノ。
また「ブラックペアン」との対比で青臭さが残る若者を演じているのがフレッシュに感じた。
- 吉高由里子の魅力
本作で3番目にクレジットされている吉高由里子。予告編からは特別存在感を感じさせず、番宣でも彼女の現場での自由奔放な姿が話題になっていて作品のキャラクターについては触れられていなかった。しかし実際に観てみると検察の暴露本を出版する為に侵入操作していたり、誰にも言えない過去を持ってたり、ニノととても奇妙なラブシーンからの過去の告白があったりと目白押しの役。前述した通り松倉を取り調べる沖野に怯える姿など演技力を大いに発揮していた。また個人的にはニノと同じ布団の中で互いにの頭に足がかかる様な体勢で過去を告白するシーンを真上から捉えるショットは不思議な気持ちになり目に焼き付いた。
また今年の4月クールに日本テレビで放送された「正義のセ」では吉高由里子の可愛らしさを全開にした検事役を演じていたのでそのギャップも良かった。テレビではパワフルな可愛らしさを見せつける作品が多いのに、映画ではミステリアスな役所が多いのが吉高由里子の魅力に感じる。キムタクもニノも吉高由里子も色々な役に挑戦してて凄いなと思うし、当たり前だけど似た様な役ばかりではなく色々な役柄を調整するマネジメントって凄いなと改めて感じさせられました。
その他諸々を箇条書き
・キムタクの奥さん役の人は本作のテーマ曲を作った二胡奏者らしいけど、テーマ曲を二胡で弾いきながらの登場シーンはメタ視点から面白かった。
・カメラが人物の周りなどをグルグルと回る演出が多くて、奇妙な雰囲気が出て良かった。
・この2つの視点だけでみると「トランスフォーマー/最後の騎士王」と一緒の演出だけど内容は全然別。
・オープニングの窓から雨が降っている木の様子が見えるシーンは神秘的で奥行きを感じる。
・別荘がある森林のシーンも同じ理由で酔わせてくれる。
・最初にキムタクとニノが対面する所で「同じ部署にいるのに中々顔を合わせないな」とキムタクが言うシーンは同じジャニーズ事務所に所属しながら共演がほとんどなかった二人の関係性を思い起こされた。
・キムタクが結構ガチの罪人でビビった。というより犯罪者。っていうか殺人犯。
・「キムタクが人を殺した作品がかつてあったのか!?」と思い起こしたが、昨年の「無限の住人」でメチャクチャ殺してたし「古畑任三郎」では2回も人を殺してたな…
・キムタクのフィルターを外してフラットな気持ちで最上のやった事を考えるとやっぱり絶対やってはいけない行為だと感じるし、その恐ろしさをより感じられる。
・この役を演じた後にキムタクが演じる久利生公平に興味が湧いた。この問題に対して久利生の場合はどういう答えを出すのだろう?
・今回「天才型のニノ」に対して「努力型のキムタク」みたいに評されるのが面白い。キムタクってどの作品でも凄く努力しているイメージはあったけど、どうしても今までは才能型扱いで嫉妬も買ってたからな…
・そういえば今回キムタクは原田監督から最初に「全然成ってないな」って言われたらしいけど、その演技指導の結果キムタクらしさが全く感じさせない作品になったのかな?
・沖野が別荘を出るタイミングで、最上が別荘の二階に上がるシーンは「まさか沖野も殺るのか!?」とヒヤヒヤした。
・最後沖野が叫ぶシーンは初めは少しどうかとも思ったけど、ニノがインタビューで叫ぶか悩んだ結果で叫んだ理由を知って一応は納得。
・正直後半はキムタクとニノか共演している事が良い意味でどうでもよくなるくらい物語に入り込めて良かった。
・キムタクらしさは抑えられているけど、観終わった後はキムタク映画を観た満足感の担保はしっかりされていて普通にキムタクがカッコよかった!帰り道キムタクが自分に乗り移った様に強くなった気がした。
・冤罪に付いても触れられていたが、現実世界の日大アメフト事件の時に世間は最初から内田前監督と井上コーチが嘘をついていて、当該選手は本当のことを言っているという構図を作り出していた。
<追記>警視庁は監督・コーチによる「悪質タックルの指示はなかった」と認定。
・鳥取レモネード事件の冤罪は和歌山カレー毒物事件を連想させる。
最後に…
世間を騒がせる問題ともリンクした事で、作品が本来持つ力を超えて考えさせられる事が多い本作。ブラックをホワイトとして飲み込ませられる恐怖やグレーゾーンを何処まで許容するかなど時事ネタとリンクさせながら考えさせられた。また自分の考えたストーリーに固執する恐ろしさも強く感じ客観性を常に保つ事が大事だとも感じました。
ただ別に難しい映画ではなくエンタメ映画としても楽しめるし、純粋にキムタクとニノが同じスクリーンで共演しているという事を確認する意味でも今観るべき映画だと感じました。オススメです!