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構造の中で生きてしまった人たち、物流センターを舞台に無差別爆弾テロが起きる映画『ラストマイル』ネタバレ感想

【チラシ付き、映画パンフレット】 ラストマイル 満島ひかり、岡田将生、ディーン・フジオカ、大倉孝二

ネタバレ注意

テレビドラマ『アンナチュラル』及び『MIU404』と世界観を共有するシェアード・ユニバース作品『ラストマイル』を観た。

 

  • 物流センターが舞台、荷物に無差別爆弾テロ

本作はAmazon的な物流センターを舞台にブラックフライデー前夜を発端とする連続爆破事件を描いたサスペンス映画。ネットで商品を注文して自宅に届けて貰うのが当たり前の時代に、「もしも無差別に爆弾を仕込まれたら…」というテロが起きることで、最初は「爆弾かもよw」とネタにしながらも「自分たちは何だかんだで大丈夫」と生存性バイアスにかかっている多くの一般人たちが、次第に受け取りを拒否するようになり、その結果荷物を受け取って貰えないと配達料が発生しない宅配業者に皺寄せが行ったり、警察が捜査をするために荷物検査をすることで物流に遅れが出て、病院に薬が届かなくなるなど、「一つの事件をキッカケに、大抵の人が最初は想像もつかないような所まで影響が広がり、国内がパニックに陥っていく」という描写がとてもリアリティがあり、コロナ禍初期のことを思い出しながら、不謹慎ながらエンタメ映画の展開としてとても面白かった。誰もが当事者性を持つアイデアをキッカケに、日本の社会的な課題を浮き彫りにしていく脚本も見事だったと思う。

 

 

  • 末端の頑張りに「そういう段階ではない」

脚本家の野木亜紀子さんはパンフレットのインタビューで「労働を描く場合、これまでは末端が頑張る話が多かった」「でも末端はずっと頑張ってるし、もう立ち上がれ、とかそういう段階ではない」と語っている。昔、人気映画ブロガーの破壊屋さんが「日本映画のクライマックスは『徹夜で仕事を頑張る!』という社畜クライマックスが多い」という趣旨の揶揄をしていたけど、今もそういう日本のエンタメ作品は多いし、そういう話はやっぱり熱いし、盛り上がるし、何だかんだで日本人は好きな傾向にあるのではないかと思う。この文脈で引き合いに出して不快に思う人もあるかもしれないが、昨年大ヒットの『ゴジラ−1.0』も「政府が頼れないから、民間の人間が貧乏くじ引いて頑張るしかない!」という内容だった。ただそういう話を見る度に現実に過労問題などと照らし合わせて「本当にこれでいいのだろうか」とも思っていた。

 

 

  • 巨悪ではなく構造の中で生きてしまった人たち

本作でも警察の荷物検査によって物流に遅れが生じる可能性が浮上した際に、満島ひかり演じる主人公・エレナは「止めませんよ、絶対」と力強く宣言して、現場も精一杯の努力をする。その姿は美しい。でも本作は「それで何とかなった」とはならない。今回のテロ事件のキッカケは過労によって精神的に追い込まれていた中村倫也演じる山崎による物流センターのベルトコンベアを自らの飛び降りで「止める」という抗議だった。しかしその抗議はディーン・フジオカ演じる五十嵐による「死んでも物流を止めるな!」という号令のもと、頭から大量の血を流す山崎は床に移動させられて、死にかけの彼を横に一度止まったベルトコンベアは直ぐに再び動き出す。「死んでも止めるな!」という使い古された精神論の残酷さを映像表現として目の前に突き出されて、『アンナチュラル』第4話のラストも思い出しながら、とても辛い気持ちになった。そのため本作は「現場が死ぬ気で何とかする話」ではなく、犯行動機と現場を通して実は自分も壊れる寸前まで追い込まれて無理をしていたエレナは自分とも向き合い、一度「止める」決断をして、上に抗議をすることでシステム改善を求める。パンフレットで野木亜紀子さんは五十嵐について「構造の中で生きてしまった人」として「罪はあっても巨悪ではない」との見解を示していた。実際、あの立場になったら同じような判断をした人は少なくないだろうし、エレナも無差別爆弾テロの対応で「死んだのは知らない人だから…」と自分を半ば強引に言い聞かけせながら事実上「死んでも止めるな」思考をしていた。またあの状況で上から指示を受けたら、社員たちも後ろめたさはあっても、大怪我している山崎をベルトコンベアから下ろさざるを得ない人が大半だろう。こうなると「性善説」的な考え方にもなるが、「劣悪な状況でも現場が頑張りました」とか「物凄く悪い人がいました」ではなく「悪いシステムによって個人がどんどん悪い方向に行ってるから、まずシステムそのものを少しずつでも改善しよう」というのは、10年代後半以降の「目指すべき社会の理想像」なのかな、とも感じた。

 

 

  • 最後に…

そんなこんなで本作は「現場の頑張りで何とかすることを善とする映画」ではなく「システム改善の大切さを訴える映画」だったけど、それでいながら爆弾事件の顛末を「コスパ、スピード優先の社会で機能性を重視した結果、倒産してしまった会社の洗濯機とその作り手(現配達員)」にすることで、日本人好みの「末端の底力」を感じさせてくれたのも良かった。本作のラストは現実の渋谷の上空映像から観客に向けて「あなたが本当に欲しいモノは?」と問いかけてきていたが、資本主義に慣れきってしまっている自分としては「そうは言っても現実変えるのは中々難しいんだよな…」と後ろめたい気持ちになりながら、「でも、こういうエンタメ作品が作られ続けることで現実世界の意識も着実に変わっていって欲しいし、自分も少しずつでも頑張ろう」とも思えた。

 

  • オマケ

『アンナチュラル』『MIU404』の主要キャラクターは「予告編で明かさずにサプライズで出して欲しかったな〜」と鑑賞前は思っていたが、鑑賞後は「サプライズ登場だったら、そっちのインパクトに引っ張られて、本編の印象が薄くなってしまう可能性もあったから、事前に公表されてて良かったかも」と思い直した。

 

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