今回は日本映画(実写邦画)の大作の製作費の話。日本の大作映画の製作費は「基本的に10億円くらいで興行的には30億円くらい欲しい」と書くと「根拠は?」「証拠は?」みたいな疑問を呈されるので、ここに示すことにする。
❶日本映画の大作の製作費は10億円が限界
日本映画の大作の「製作費が約10億円で興行的に30億円欲しい」という話は様々な映画関係者のインタビューから読み解くことが出来る。そのソースを下にまとめていく。
- 市川南
「市川南って誰だよ!?」と思う人のために簡単に説明すると、現在の東宝の取締役です。今の東宝映画では基本的に市川さんの名前が製作にクレジットされる程偉い人。市川さんは『永遠の0』の製作費について以下のように語っている。
目標として興行収入が30億円ほどいくと予想して、だったらたまにはいいかと製作費10億円で予算が下りたんです。
「たまにはいいかと」というフレーズから日本映画の10億円という予算の価値が現れている。
また『永遠の0』を撮った山崎貴監督もテレビ東京で放送された『指原の乱』で本作の製作費は「10何億円とか」とをしており、市川さんとの矛盾はない。
映画『海賊とよばれた男』は10億円以上の制作費がかかっているだけに、興行的に失敗するわけにはいかない。
— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) 2016年12月1日
宣伝・広報のプロが考えたのが、「百田尚樹の名前を極力出さない」ということだったのだろう。
たしかに、これだけマスコミからネガ・キャンされた人物の名前は出したくないだろう。
更に『永遠の0』の原作者である百田尚樹さんの『海賊とよばれた男』は、その後東宝と山崎貴監督によって映画化されたが、百田さんのTwitterで製作費が10億円以上だったことを明かしている。個人的にこのツイートは少し問題がある気もしますが…
次は実写版『進撃の巨人』の脚本を担当した映画評論家の町山智浩さん。自身のTwitterで日本映画の製作費について以下のような解説をしている。
正しいです。製作費のだいたい3倍の興行収入で黒字になります。現在、興行収入が30億を超える大ヒット邦画は年に数本しかありません。だから上限は10億。通常のヒットは15億程度なので5億円以下が普通の映画の製作費です。@orange_0330
— 町山智浩 (@TomoMachi) 2016年6月5日
また自身が出演しているラジオ番組でも、
30億円を超える映画っていうのは年間に日本では10本あるかないかなんですよ。だから、30億を超えれば一応、大ヒットに入るんですよね。はい。というのは、まあ逆に考えると、日本では30億円以上のヒット作はほとんどあり得ない。
(中略)
制作費は興行収入の1/3を目安とするんですね。だいたい。っていうことは、まあだいたい、10億円以上の日本映画っていうのは基本的にない。
と定期的に日本映画の製作費の話をしている。
更に町山さんが実写版『進撃の巨人』の脚本に関わった時に出演した『WOWOWぷらすと』という番組の中でも上の動画の11分頃から『進撃の巨人』の製作費について語っている。この動画内では『進撃の巨人』の製作費が予算をオーバーした事や、追加予算を得るために撮影直前に1本の映画を2部作に分けて公開する事が決まったなど製作に関わった人間だからこそのギリギリな話が展開されている。
また1時間40分あたりで『進撃の巨人』のCGはコンピューター使用量と人件費の2つが時給でかかって大変だったいうリアルな話も語られている。
オタキングでお馴染みの岡田斗司夫さんは『シン・ゴジラ』公開時の上の動画の32分あたりで、
と『シン・ゴジラ』の製作費に触れている。これは『キネマ旬報』や東宝のプロデューサーのインタビューから「当初9億円の予算が降りたが、その後通常の映画1本分の追加予算(3-5億円)が降りた」という話と一致している。
- 指田洋
最後は文化通信記者の指田洋さん。『キネマ旬報』は毎年3月下旬号で1年間の映画興行の振り返りをしているが、そこでの対談で、
これも(実写版「ジョジョ」と)同様に25億円くらいはいかないとダメな作品です。製作に9億円はかかっていますので。
と実写版『鋼の錬金術師』の製作費に触れている。また文脈から考えると実写版『ジョジョの奇妙な冒険』も同程度の製作費が注ぎ込まれたと考えられる。
コレらの映画関係者のコメントから推測するに日本映画の大作の「製作費は約10億円で、興行収入は30億円が1つの目安」と考えてまず間違い無いと思う。
❷興行収入30億円の難易度
一応興行収入30億円に日本映画(実写邦画)が到達する難易度を示す意味でここ2015年〜2019年で興行収入30億円を突破した映画をまとめる。
2015年
『HERO』 46.7億円
『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』 32.5億円
2016年
『シン・ゴジラ』 82.5億円
『信長協奏曲』 46.1億円
『暗殺教室〜卒業編〜』 35.2億円
『orange-オレンジ-』 32.5億円
2017年
『銀魂』 38.4億円
『君の膵臓をたべたい』 35.2億円
2018年
『劇場版コード・ブルー』 93.0億円
『万引き家族』 45.5億円
『銀魂2 掟は破るためにこそある』 37.0億円
『DESTINY 鎌倉ものがたり』 32.1億円
『カメラを止めるな!』 31.2億円
2019年
『キングダム』 57.3億円
『マスカレード・ホテル』 46.4億円
『翔んで埼玉』 37.6億円
『記憶にございません!』 36.4億円
近年の結果から興行収入30億円を突破する作品は年間5本もない事と「コケ続け」と言われる人気漫画の実写映画の健闘やフジテレビ映画の強さが伺える。この結果から「日本映画(実写邦画)の大ヒットは30億円が現実的なラインだから、製作費10億円を大きく超える作品はビジネスに作れない」という事が分かると思う。
❸宣伝費にもお金が掛かる…
ただ2010年前後に公開された日本の大作映画である『SPACE BATTLESHIPヤマト』『ヤッターマン』『BALLAD 名もなき恋のうた』『日本沈没』『K-20 怪人二十面相・伝』『映画怪物くん』『ゴジラ FINAL WARS』など製作費20億円と発表された映画が山程ある。また『20世紀少年』は3部作で製作費60億円、『GANTZ』は2部作で製作費40億円と1本あたり製作費はやはり20億円と不気味な程製作費20億円の映画が多かった。そしてコレは「日本映画の大作の製作費は10億円」という話と矛盾するように感じる。
ただしこの話は意外と矛盾しない。コレは恐らく製作費が「映画を作った純粋な額」なのか「映画を作った額と宣伝費なども合わせた総額」なのかの違いだと考えられる。山崎貴監督はTBSテレビの『オー!!マイ神様!!』で映画の興行収入の約50%は劇場の取り分となり、残りから約25%の宣伝費を引き最後に残った収入から映画の制作にかかった製作費を引くと説明。つまりここでプラスになれば黒字であり、マイナスになったら赤字になるという訳だ。そしてこの山崎貴監督のコメントから映画の宣伝費は映画の製作費と同じくらいかかっている事が分かる。また『キネマ旬報 2017年3月下旬号』から『シン・ゴジラ』は当初製作費9億円(最終的に13億円)・宣伝費8.9億円で合計17.9億円(最終的に21.9億円)の予算で企画がスタートした事が分かる。つまり2010年頃に発表されていた製作費20億円の映画は宣伝費まで含んでいた可能性が高い。
最後に…
多くの映画関係者のコメントを読むと「製作費10億円なら3倍の興行収入は30億円」という話はあくまでもBlu-rayやDVDなどのソフトの売り上げやテレビ放映権など興行収入以外の売り上げも入れて黒字になる額というニュアンスに感じる。実際山崎貴監督やスタジオジブリの鈴木敏夫さんは「製作費の4倍くらいでようやく儲けが出る」とよくインタビューでコメントしている。
近日「日本映画とハリウッド大作の製作費の違いとその理由」というエントリーを書こうと思うので興味のある人は楽しみにしててください。