[注意] 実写版『空母いぶき』のネタバレ有り
今回は佐藤浩市さんのインタビュー内容が物議を呼んだ人気コミックスの実写映画化『空母いぶき』がテーマのエントリーです。
佐藤浩市インタビュー内容が物議
個人的に本作は正直に書けば「余り話題にならずに興行的にもパッとしないで終わっていく作品」という認識があった。しかし公開2週間前に本作の原作漫画が連載されている『ビックコミック』に掲載された佐藤浩市さんのインタビュー内容が物議を呼んだ。
ビッグコミック『空母いぶき』佐藤浩市インタビュー全文を読んでみた。つまり弱さを抱えながらも、背負うものに対する責任の重さから、成長する総理像を演じるため、キャラクター設定を強化したわけだ。「反体制」や「現首相への揶揄」で炎上する発言だとは到底思えない。この国の“世間”は恐ろしい。 pic.twitter.com/iPJkOvXYRK
— Tshmz (@Tshmz) 2019年5月13日
インタビューの内容は「総理大臣役は初めてだが世代的に体制側の役は絶対やりたくなかった」「自分が総理大臣役をやるなら原作からどうアレンジ出来るか監督やプロデューサーと話し合いながら役作りをした」みたいな感じ。本作が物議を呼んでるポイントは佐藤浩市さんが原作からアレンジした「総理大臣はストレスに弱くて、すぐにお腹を下してしまう」という映画オリジナル設定。この設定が安倍総理の病気を揶揄してるのではないかという疑惑が浮上した事で炎上物件となった。
ただし佐藤浩市さんのインタビューの全文を読めば必ずしも安倍総理の病気を揶揄する事を意図したモノだとは言えない内容。
『#空母いぶき』の #佐藤浩市 の発言 安倍首相というバイアスにかかって普段この手の演出に寛容な人が怒ってたり、この手の演出を絶対許さない人が擁護してたりするのは気持ち悪い
『#空母いぶき』 公開された頃には首相の設定が原作からどうアレンジされて、どう映画に影響を与えたかのエントリー書いても誰も興味ないんだろうな〜
ただ自分は原作は未読だし、映画も観てないという状況なので語ろうと思っても語れない。という訳で原作を読んでから、映画を観て感想を書こうと考えた。
敵国を中国から「東亜連邦」に変更
長期連載の人気漫画を実写映画化はする時は「シリーズ化前提で原作にアレンジを加えながら映画として成立されるケース」と「原作から設定とキャラクターだけを借りて一本の映画としてオリジナルストーリーを展開するケース」があるが、本作は後者のケースに当てはまる。
まず大きく設定が異なっているのは原作漫画では中国に尖閣諸島を占拠され日本が防衛出場する物語なのに対して、実写映画では建国3年目の架空の国「東亜連邦」に日本の領土が占領されて防衛出動するという物語に変更になっている。この設定変更に「ハリウッド映画では今でもロシアを仮想敵国にしてるから、日本映画も中国に配慮する必要はない」という意見をよく聞く。ただ個人的に本作の実写映画化で「難しかっただろうな」と感じるのは原作が未完であり、尚且つ物語として序盤に分かりやすく区切れるポイントがなかった事だ。
例えば現在大ヒット上映中の『キングダム』ならシリーズ化を前提にしながら原作序盤の「王都奪還編」を実写映画化する事で一本の映画としてのクオリティを保つ事にも成功した。また同じく今年大ヒットした『翔んで埼玉』は原作が既に完結(正確には未完)していた事から原作をベースに後半オリジナル展開を足す事で一本の映画としてのクオリティを保つ事に成功した。しかし本作の場合は『キングダム』の様に分かりやすく序盤に一本の映画として成り立たせる様な区切りのエピソードがある訳でもなく、『翔んで埼玉』の様に原作が既に完結している訳でもない。この場合『進撃の巨人』と同じく、原作から設定とキャラクターを借りてオリジナルの展開で一本の映画としての完成度を高める方向に製作側が舵をとるのは至極当然の事だろう。一方で原作が今後どういう展開を迎えるか不明な以上、原作同様中国を仮想敵国に置くのは難しかっただろう。何故なら仮に映画オリジナルのラストが「中国と日本は和解しました」でも「日本は武力で中国を抑え切った」でも批判は避けられなかっただろうし、批判のされ方も今回の比ではなかったのではないかと思う。そういう意味では今回の設定変更は下手にオリジナルの中国との戦闘結果を描いて叩かれるよりかは「マシ」だったのかもしれない。
総理大臣の設定変更
本作で最も注目を集めた佐藤浩市さん演じる総理大臣役の設定。原作の総理は戦闘指示を出す前に余りのプレッシャーでトイレで吐いたり、空母いぶきが他国への抑止力となっているのか、それとも他国を刺激しているだけなのかを問い直したりなど一人内面で葛藤するシーンはあるが、外の視点からは最初から国のトップとしての考えを堂々と主張する頼れる総理大臣という設定だ。
一方で実写映画の総理大臣は序盤頼りないシーンが続く。会議中に選択を迫られるとお腹が痛そうな顔をして漢方の入った水筒を飲み、トイレの個室から出てくるシーンはどこかスッキリしきれていない事を伺わせるようにお腹さすりながら出てくる。その後も東亜連邦から攻撃を受けて自衛隊から戦死者が出て防衛出動の決断を迫られるシーンでも、何処か頼りなさや優柔不断さを感じさせる演出が続く。しかし物語の中盤にある「東亜連邦からの攻撃によって護衛艦が燃え上がる映像」が流出して以降の総理には迷いを感じさせるシーンはない。
コレは優柔不断だった総理が、国民の不安を感じ取った事で国のトップとして覚悟を決めた事を象徴するシーンだ。つまり本作では「頼りない総理が国民の事を第一に考える事で総理として成長する」物語を描いているといえる。勿論「原作は最初から頼り甲斐のある総理なんだから、態々変えなくても良い」という意見も分かる。ただ製作側の意図を汲み取れば「一本の映画」としてのクオリティを保つ為には原作通り「最初から頼れる総理が登場して最後まで頼れる総理」という物語を描くよりも、「最初は優柔不断で頼りない総理が東亜連邦との戦闘を通して頼れる国のトップに成長する物語」を描いた方が良いと判断したのだろう。
佐藤浩市追加設定に安倍総理への「揶揄なし」
決定打 佐藤浩市インタビューで「彼はストレスで、すぐにおなかを下してしまう設定にしてもらった。」 「総理は漢方ドリンク水筒を持ち歩く」という設定に・・安倍総理も「マイボトル」を持参していた・・・ https://t.co/SfZs4QxFCk.
— ツイッター速報 (@tsuisoku) 2019年5月14日
今回騒動となった「佐藤浩市さんが設定を追加して安倍総理を揶揄した」という疑惑は、個人的に「揶揄していない」と判断した。恐らく本作は最初の脚本の段階から「優柔不断な総理が成長する」という設定変更は決まっていたのだろう。その脚本をベースに佐藤浩市さんが役作りとして「ストレスですぐにお腹を下してしまう設定にしたい」と提案した事で、総理の不安を象徴するアイテムとして漢方の入った水筒などが生まれたのだろう。その為、映画後半で戦闘を通して成長した総理が水筒の中身を飲む描写は一切無い。つまり水筒の有無で彼の成長を表しているのだ。正直その設定を追加する際に製作側が安倍総理を連想していたかどうかは不明だ。
それでも個人的に「揶揄なし」と判断した理由は、「佐藤浩市は体制側の総理大臣役を演じたくないから、安倍総理の持病を揶揄する演出にした」という指摘に対して「本当に佐藤浩市が安倍総理の持病を揶揄するくらい嫌いなら、『総理の成長を描く映画』の総理の設定を態々嫌いな安倍総理に近づけた」という点に矛盾を感じるからだ。その為自分は少なくとも「佐藤浩市さんが追加した設定は安倍総理の持病をバカにしたり、笑いものしたいという意図はなかった」という結論に至った。
ただ佐藤浩市さん本人に揶揄する意図がなくても水筒の描写自体は安倍総理を連想してもおかしくない描写(というより、安倍総理が国会で水筒の中身を飲んでいる写真を知っている人ならインタビュー内容を知らなくても十中八九連想する演出)のため「安倍総理の持病を連想させる描写があるだけで不快」と感じる人もいるだろうし、「この程度の小ネタ的描写ならブラックジョークとして成立して面白い」と感じる人もいるだろうなと感じた。しかし佐藤浩市さんが端から「安倍総理の持病を揶揄する為に追加設定した描写」という前提で議論が進むのは違うなとは思った。
※ちなみに安倍総理の水筒の中身は漢方ではなく常温の水と報道されている
ジャーナリストの設定も変更
本作の設定変更は仮想敵国と総理大臣にばかり注目が集まるが、原作で重要な登場人物であるジャーナリストの設定も変更となっている。原作のジャーナリストは「報道に中立は存在せず、追従か批判しかない」と断言する政治部の男性新聞記者。中国からの侵略を受けたキッカケは日本政府が進めた「空母いぶき」だと考えており、記事によって首相責任を追及しようとする。また政府が国民に公開した戦闘映像は「国による大本営発表で、国民を戦争に煽る映像」だと非難して「国民の知る権利」を優先して政府によって立ち入りが禁止されている現場に向かう行動派。一方で自分が撮った映像や写真、情報を報道する事で日本にとって利敵行為になるのではないかと葛藤する役所だ。
一方で実写映画のジャーナリストはネットニュースを扱う会社(描写からは雑誌も発行している会社)の女性記者に変更になっている。また原作と異なりその女性記者は戦闘が行われる空母いぶきに偶々乗っていたという設定になっている。彼女は現場で戦闘の映像を撮影して国民に他国と日本が戦闘を行なっている事を知らせる重大な役割を担っているが、公開を禁止されている情報を勝手に送った割にはお咎めがなかったりと結構アッサリした描写。折角原作の新聞記者からネットニュースの記者に変更にしたのだから、例えば「アクセス数稼ぎのクズ記事ばかり書いてきた記者が、戦闘現場を体験して真のジャーナリズム精神に目覚める」とかいくらでも彼女の成長を描けただろうにそこら辺はお座なりだったのが極めて残念だった。これでは画面に華を持たせる為に女性記者を追加したと思われても仕方ない。
誰得なクリスマスのコンビニ描写
実は本作は予告編からは全く分からなかったがクリスマス映画になっている。そして原作にはない映画オリジナルエピソードとして「クリスマスイブのコンビニ」が追加されているが、この追加設定はマジで意味不明。
このコンビニは毎年店長がクリスマスグッズとして靴下にお菓子を詰め込んで手書きのメッセージカードを入れているという設定で、偶々空母いぶきに乗っていた女性記者がそのメッセージカードを見て元気を貰うというエピソードになっているがマジでいらない。製作陣は「なんて事ないコンビニの店長が日本を救うキッカケを担った」みたいなエピソードを描きたかったんだろうけど、この店長が女性アルバイトにクリスマスイブの夜のシフトを半ば強引に入れるなどのパワハラ紛いの事をした挙句一番忙しい時にグッスリ眠ってたりと結構アレな設定で「お、おう…」感が半端なかった。
しかも「日本が戦争になるかもしれない!」という状況で不安になった国民が食料を溜め込む為にコンビニに殺到するシーンでは、説明セリフで「店内の水が殆どなくなりました!」と叫んでる背景に手をつけられた様子もないお茶のペットボトルがズラッと並んでる棚が映っているというガッカリ演出。コンビニ内も行列が出来てるだけで、棚から食料を取ろうとする客の姿の描写がないから緊迫感はイマイチだった。
東亜連邦の描写が…
本作の戦闘描写はハッキリ書けばイマイチだし、緊迫感は全くない。コレは予告編から分かるようにCGのクオリティが低いという理由もあるのだろうけど、それ以前に敵に全くリアリティがない。それどころか東亜連邦側の人物の描写は殆ど皆無に等しい。相手国の潜水艦や戦闘機の中の人物描写は全くないから、ただ単にミサイルを撃ち込まれて日本が迎撃しているだけ。まるでお化けと戦っている様な無機質でリアリティのない戦闘描写が続き、相手国の兵士の命の大切さを問われてもイマイチピンと来ない。
その挙句唯一相手国の兵士が登場するシーンでは、その兵士はトチ狂って自衛隊から拳銃を奪い日本人パイロットを撃ち殺す無鉄砲さを見せる。それでいて東亜連邦の戦闘描写は原作の「日本と同等かそれ以上に優秀な中国」の戦闘描写をトレースしてるから実際に登場した東亜連邦の兵士と艦内の兵士の描写に乖離が起きている。
クライマックスで国連安保理常連五カ国が仲裁に入る事で戦闘は幕を閉じるが、国連の忠告を無視して建国された東亜連邦が仲裁に大人しく応じて引き下がるのも違和感だ。日本の領土を占領しておきながら声明を発表しないなど、今までの描写を見る限り常連五カ国が出てきても日本含めて六カ国にバカみたいに攻撃し始めてもおかしくない野蛮さと話の通じない頭のおかしさを感じさせていたのに「上映時間が終わるから仕方ない」とばかりに引き下がってしまうのは違和感しかない。そもそも原作は「日中対立」だから国連も中々手を出し難い部分があったのに対して、映画は国連を無視して建国された3年目の訳の分からない新興国が、マジで意味の分からない理由を付けて日本の領土を占領し始めてる訳だから、あのオチなら「もっと早く国連は動いてくれよ!」と思わずにはいられなかった。
(C)かわぐちかいじ・惠谷治・小学館/「空母いぶき」フィルムパートナーズ
最後に…
原作が未完の状態でオリジナルストーリーで実写映画化した理由は、十中八九出版社側が「作品の知名度を上げて原作の売り上げを伸ばしたい」という意図があったからだと思います。本作は佐藤浩市さんの発言が物議を呼んだ事で原作の知名度は上がり、ネット上では「映画は観ないけど原作は買って読みました」という声が上がっている。そして実写映画も興行収入10億円を突破してそこそこヒットしている。実写映画化としてはイマイチでも、ビジネスの視点からは成功作なのかもしれない。
空母いぶき 映画公開記念 SPECIALプライスパック (ビッグコミックススペシャル)
- 作者: かわぐちかいじ,惠谷治
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2019/03/25
- メディア: コミック
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