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【佐藤健×大友啓史】「白梅香」の香りがしない『るろうに剣心 最終章 The Beginning』ネタバレ感想

るろうに剣心 最終章 The Beginning

2021年6月4日(金)、『るろうに剣心 最終章 The Beginning』が公開された。

 

  • 歴史的傑作『追憶編』の呪縛

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和月伸宏先生の『るろうに剣心』は1994年から1999年まで『週刊少年ジャンプ』の暗黒期を支えた漫画で、1996年から1998年にかけてはフジテレビでアニメも放送されていた。そんな本作が「他のジャンプ漫画とは違う」という評価を得てきた最大の要因が、テレビアニメ放送後に発売されたOVA『追憶編』だとされる。『追憶編』はテレビアニメでは描かれなかった『人誅編』で剣心が薫たちに語る雪代巴との過去編だけに絞り、テレビアニメとは異なる本格時代劇路線で描かれた作品である。そのため本作は発売当初こそ、これまでのアニメとのトーンの違いから批判意見が目立ったというが、時間が経つにつれ国内だけでなく海外から高い評価を得て、時代劇研究家の春日太一さんの著書『時代劇ベスト100』で唯一アニメ作品として本作がランクインするなど、シリーズの中で別格の扱いを受けている。

それ故に『るろうに剣心』が実写映画化されると発表されたときは不安と同時に「『追憶編』のように本格時代劇路線でやればイケるのではないか」という期待感もあり、勝手な憶測だが製作陣にとっても大きな勝算の一つになっていたのではないかと思う。また今回の『人誅編』、つまり実写映画版としてのサブタイトル『最終章』が『京都編』のような前後編スタイルの2部作ではなく、巴との過去編のみ別映画として描く特殊な形式の2部作となった理由をエグゼクティブプロデューサーは「『京都編』と同じやり方をしたくなかった」「『追憶編』を純粋に一本の映画として成立させ違った」と説明しているが、後者はやはりアニメ『追憶編』の存在が強く、だからこそ「あの歴史的傑作『追憶編』と同じように巴との過去を本格時代劇としてジックリ描きたい」「実写映画版もアニメの『追憶編』のように本格時代劇として別格の評価を受けたい」「クリエーターとして純粋にアニメ『追憶編』に挑戦したい」という気持ちからだったのでないかと思う。現に本作はアニメ『追憶編』を制作協力としてクレジットしており、原作にあるコメディタッチなシーンをカットしたリアリティ路線で、尚且つ巴が剣心の頬に自らの意思で傷をつけたり、巴の死体と家を燃やして旅立つというアニメ『追憶編』の展開を採用していることから、原作というよりはアニメ『追憶編』の実写映画版という感じさえした。

 

 

  • これまでの剣心映画と違う「異色の最終作」

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本作はこれまでの膨大な巻数を跨ぐ原作の物語を実写映画用に再構築してきたのとは異なり、コミックス2巻分にも及ばない剣心と巴の過去を一本版の映画の尺を丸々使って丁寧に描いている。そのため、これまでの作品ではどうしてもあった原作のダイジェスト的な使い方だったり、物語を成り立たせるための実写映画版のオリジナル設定とかとは別の、映画の物語に奥行きを持たすための肉付けが多くなされた作品となっている。その中でも個人的に良いと思ったのは食事シーンを中心としたお祭りに行くシーン、大根を育てるシーン、何か作業しているシーンなどの日常的なシーンを大幅に追加している点だった。これまでの作品でも本シリーズは「赤べこ」での牛鍋のシーンや舞台に見にいくシーンなど明治時代の日常シーンを描いていた。ただ今回は幕末はという動乱の時代であるが故に、そんな何気ない日常シーンがより心に響き、尚且つ剣心と巴が共にした時間の尊さや儚さをより実感させられる。

また本作は冒頭から「これまでの剣心映画とは違う」ということを表明するかの如く、流血の多い残虐描写を披露する。本来『追憶編』は時系列的に剣心が一番若い頃であるにも関わらず、撮影は1作目の約10年後と主演の佐藤健の年齢は「人斬り抜刀斎」として暗躍する剣心の年齢からは離れてしまっている。ただ佐藤健はこの10年間、剣心役として殺陣を学び、実践し、成長して来たことを考えると、ある意味では剣心の全盛期を演じるという意味ではベストだったのかもしれない。特に冒頭の口で剣を鞘から抜く動きは良い意味で底知れぬ気味の悪さを表現していて記憶に残るシーンになっていたと思う。

 

 

  • 「白梅香」の香りがしない『The Beginning』

一方で本作は原作にあり、アニメ『追憶編』にもあった巴から「白梅香」の香りがするという設定がオミットされている。この設定は原作では実写映画版の展開同様、敵の戦略によって剣心の直感・視覚・聴覚といった感覚が奪われる中で、唯一残っていた嗅覚という感覚により「白梅香」の香りを嗅ぎとり、自らが放った一撃が敵ではなく巴に当たったことを悟る切ないシーンになっている。しかし実写映画版ではその設定がオミットされたことにより、剣心は視覚を奪われ見えにくくなった目で巴を斬ってしまったことを認識するというシーンに変わっている。個人的には「白梅香」の設定は視覚などの感覚を奪うという敵の戦略という設定によって布石となって回収された和月伸宏先生の語りの上手さに加えて、実写映画の演出としても魅力的なシーンになると思っていたので、オミットされていたことがとても残念に思う。

 

 

  • 最後に…

本作は当初『The Beginning』→『The Final』の順番の公開だったというが、撮影後に『The Final』→『The Beginning』の公開順に変更したという。そのため実写映画版しか観ていない人は『The Final』がイマイチ理解し難いものになってしまったデメリットはあったと思うが、個人的には1作目に繋がることで物語の幕を閉じる『The Beginning』のラストは他の映画シリーズにはない実写映画版シリーズ5部作の最期として相応しかったと思うので、今回の公開順で良かったと感じた。

 

mjwr9620.hatenablog.jp

 

  • 参考記事

「るろうに剣心 追憶編」の追憶 | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

The Making of Rurouni Kenshin―るろうに剣心のすべて 第十一章:エグゼクティブプロデューサー 小岩井宏悦さん|映画『るろうに剣心』 公式note|note