宮﨑駿監督最新作『君たちはどう生きるか』を観た。
- 実は「完全秘密主義」ではなかった最新作
鈴木 『君たちはどう生きるか』は1937年に出された本です。今回の映画は、主人公が亡くなったお母さんの本を整理していて、この本の表紙をめくったときにお母さんからの手紙を見つけ、そこから物語が始まります。
ジブリ鈴木敏夫さんが見据える、メディアの本質と未来像 | marie claire [マリ・クレール] - Page 2
本作の宣伝は公開前まで「ポスター1枚のみ」と「宣伝しない宣伝」が行われた秘密主義の作品。一方で鈴木敏夫プロデューサーはこの宣伝法を公表する前は結構本作の内容についてオープンに話したりもしていた。そのため冒頭で主人公の母親が亡くなった際には「あ〜、やっぱりこういう話だったんだ〜」とやや答え合わせをしている感があった。
第二次世界大戦下のイギリス。本を愛する12歳のデイヴィッドは、母親を病気で亡くしてしまう。孤独に苛まれた彼はいつしか本の囁きを聞くようになったり、不思議な王国の幻を見たりしはじめる。ある日、死んだはずの母の声に導かれて、その王国に迷い込んでしまう。狼に恋した赤ずきんが産んだ人狼、醜い白雪姫、子どもをさらうねじくれ男……。そこはおとぎ話の登場人物や神話の怪物たちが蠢く、美しくも残酷な物語の世界だった。デイヴィッドは元の世界に戻るため、『失われたものたちの本』を探す旅に出るが……。本にまつわる異世界冒険譚!
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また鈴木敏夫プロデューサーは本作の元ネタが『失われたものたちの本』だと明かしていたので、その本のあらすじから「母親を亡くして喪失感を抱いている主人公がファンタジー世界に行って戻ってくる話なんだろうな〜」と予想していた。そして実際そういう物語だったのだが、序盤でアオサギを追いかけて塔の中に入っていたところで「ここでファンタジー世界へ突入か!?」と期待したらやめ、次に蛙に身体中が覆われたところで「今度こそ!」と期待したらやめで「引っ張るな〜」と感じてしまった。
- 過去作のセルフオマージュ
最終的に新しい母親がアオサギに攫われたことで、主人公は「彼女を助けに行く」という名目でファンタジー世界へ投入する訳だが、その世界は現実世界が『となりのトトロ』『火垂るの墓』『風立ちぬ』の昭和テイストならば、ファンタジー世界は『ルパン三世 カリオストロの城』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』辺りをごちゃ混ぜにしたようなテイスト。またその世界に登場するキャラクターも何処か『もののけ姫』のこだまや『となりのトトロ』のトトロを思い起こさせるデザイン。キャラクターの動きも母親がドロドロ溶ける様子は『ハウルの動く城』でシャンプーを失敗してショックを受けたハウル、船を脚で漕ぐ姿は『もののけ姫』のタタラ場で働く女性たちの動き、主人公が縦に長い空間から外を見ようと顔を少し前に出す様子は『天空の城ラピュタ』でムスカに捕まって塀の中にいる際に外を見ようとするパズーの姿を連想させる。またケースに入れられて寝ている姫がオウムたちのパレードの中を移動させられてるシチュエーションも何となく『ルパン三世 カリオストロの城』が頭によぎる。
- 13個の積み木、宮﨑駿監督長編作品は12本
そんなこんなで本作は宮﨑駿監督作品のセルフオマージュが多く、また作画監督がこれまでと違うことで絵柄が過去作とはやや異なることなどから、何処か「宮﨑駿監督っぽい作品を作ろうとした別監督の作品」感すら漂わせている。中には「才能が枯れた」と見る人もいるかもしれない。ただこれに対して宮﨑駿監督は自覚的なようで、本作は物語の後半で主人公が迷い込むファンタジー空間を維持している白髪の老人が現れて、子孫である主人公に「血の繋がったお前が後継者になってこの世界を維持してくれ」と積み木を一個渡す。積み木の数は合計13個。そして本作は宮﨑駿監督12作品目の長編作品。メタ的に見ればあの白髪の老人が宮﨑駿監督自身で息子の吾朗監督に「この世界(スタジオジブリ)を自分の監督作品12本で維持するのは限界だから、血の繋がった後継者(吾朗)がもう一個積み木(新作)を作って足して、何とかこの世界(スタジオジブリ)を維持してくれ」と見えなくもない。そう思えば何人も死人を出しながらも維持した塔はスタジオジブリのメタファーに思えるし、急に消えた大家主も引退した宮﨑駿監督のメタファーに思えてくる。その場合、何とかこの世界を維持しようとして慌てて雑に積み木を積み上げた結果、その世界そのものを破壊してしまったオウムの王のメタファーは誰だったのか…
【追記】2回目観たら大叔父が最初に眞人に「1個積み木を加えて維持してくれ…」と頼んでた積み木の数は13個ではなく、悪意の石の数が13個だったので、ここら辺の見解は見当違いだったかも…
【追記2】『【宮﨑駿復出祕辛番外篇】動畫師「1個動作」遭宮﨑駿退貨! 本田雄曝數字背後藏深意 - 鏡週刊 Mirror Media』によると宮﨑駿監督は作画監督が13個以上の積み木を描いた際に「元の数に戻してください」とやり直したを命じたとしており、13かという数に拘りはあるようだ
- 最後に…
白髪の老人が維持していたファンタジー世界は完全に崩壊した。アオサギは主人公に「あの世界のことは忘れるのが普通」と自論を説く。それは多くの人が宮﨑駿監督の映画を観ても映画館を出てしまえば内容を忘れてしまうように… でも仮にそこで起きたことを忘れてしまっても、そこで起きたことは確実に今の自分を作っている。そして中にはそこから「何か(劇中では石で表現)」を持って帰る人もいる。勿論、それもいつかは忘れてしまうのかもしれないけど… だから本作は宮﨑駿監督からの「オレはこう生きた、君たち(吾朗と自分の映画を観てくれた観客は)どう生きるか」と問いた「集大成的な作品」だったのではないか、と感じる。こうなると本作を受けた宮崎吾朗監督が次に作る作品も俄然楽しみになる。ただ今回宮﨑駿監督は引退宣言をしていない。それどころか鈴木敏夫プロデューサーは宮﨑駿監督は「新作を作りたがっている」とまで語っている。もしかしたら後何作か新作が観れるかもしれない。最後に本作のヒロインの正体(少女時代の母)は宮﨑駿監督が理想とする究極のヒロイン像ということか…
- 追記
押井 それは、あのグラグラした積み木の数が13個で、ちょうど宮さんの長編の数と一致するという話だよ。それがグラグラしているわけだから、自分がやってきたことはこれで正しかったんだろうかという解釈になる。積み木を積んでいる爺さんについては諸説あるようだけど、あれは宮さん自身ですよ。自虐も今回はやっているの。
押井守の あの映画のアレ、なんだっけ?(第109第)あらためて『君たちはどう生きるか』についてお聞きします - ぴあ映画
押井守監督も同様の解釈をしていた。
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