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【ネタバレ】「特攻隊員は犬死、無駄死」論が『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』に感動した人には響かない理由

【映画パンフレット】あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。監督 成田洋一 キャスト 福原遥 水上恒司 伊藤健太郎

ネタバレ注意

女子高生が戦争末期の1945年にタイムスリップして特攻隊員に恋をする映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が大ヒット公開されている。

 

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そんな本作の宣伝動画では出演俳優の伊藤健太郎が「今ある平和っていうのは 昔 特攻隊の人達が沢山いてくれた上で成り立ってるものなんだな」と発言しているが、それに対してあるSNSアカウントが「特攻隊員は今の日本の平和にはなんの貢献もしてない犬死だと教えるべき」という趣旨の反論をする投稿をした。そしてその投稿は現段階で1万件以上のリポストがされて、3700件以上の引用リポストがされている。

 

 

ただ『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の映画や原作小説に触れて感動した人からすると「特攻は犬死だったと教えるべき」みたいな主張はイマイチ響かないのではないか、とは思う。というのも本作のようなこの手の物語の主人公は基本的に戦争に無関心な現代の若者故に戦後の価値観から物語冒頭では「特攻は自爆テロと同じ」くらいの感覚を軽く持ってたりする。そしてそれはこれらの作品に触れる大半のオーディエンスも同様だ。歴史の勉強を熱心にしていなくても、学校の授業やメディアから得たフワッとした知識から「特攻は愚かな行為」ということは刷り込まれている。そして若くして特攻で命を落とした隊員に対しては「もっと生きたかったはずだ」と多かれ少なかれ思ってたりもする。

 

しかし『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』のように主人公が戦時中にタイムスリップして実際の特攻隊員と会話したり、『永遠の0』のように主人公が戦争経験者に話を聞きに行ったりする姿を見ることで、オーディエンスは特攻隊員の中には今の価値観で想像するような「本当は死にたくない!」という人だけでなく「特攻できて嬉しい!」みたいな今の価値観からは理解できないような人がいることも知る。そして物語を読み進める上でオーディエンスはこれまで一括りにしていた「特攻隊員」の中にも色々な考えの人がいることが分かっていき、その中には「家族や恋人など大切な人が住む未来の日本の平和」を真剣に想って特攻に向かった隊員がいることも知る。

 

 

そのためこの手の作品に感動する人は「これまで特攻隊員は無駄死で可哀想な人たちだと思ってたけど、この先の『日本の平和』を思って特攻を選んだ人もいたことを知れて泣けた」みたいな心情なのだと推測される。しかもここでいう「日本」とは「国」そのものではなく「家族や恋人など自分にとって大切な人たちがこの先も平和に住んで欲しいと願う場所」という意味での「日本」なので「全体主義」感もない。寧ろ「個」を大切にしている人として映る。そして「日本の平和」を想って特攻した隊員の願いに応えるべく「当たり前のように大切な人と一緒にいれる今の日本の平和」に感謝し「反戦」を心に誓うのだ。

 

それ故に「特攻隊員は犬死だ!」みたいなことを言われても、そもそも薄っすらとはいえそれくらいの感覚を持っていた人たちが作品を通して彼らに対してこれまでとは違う側面を見た(そして人はそれを「真の姿」だと錯覚しやすい)、と感じてる直後だろうから多分全然響かないだろうし、「こんな映画は特攻を賛美してるに決まっている!」みたいな批判に対しては「そんな映画じゃない!ちゃんと観てから意見を言って!」と反感を持たれてしまうのだろう。

 

 

こうしてSNS社会では人々の分断が広がっていくのだ…、的なそれっぽいことを書いて一旦締める。

 

 

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