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【ネタバレ感想】32年前の東野圭吾原作・重岡大毅主演ミステリー映画『ある閉ざされた雪の山荘で』のよく分からなかったところ

ネタバレ注意

東野圭吾原作の映画『ある閉ざされた雪の山荘で』を観た。

 

  • 「演技か、事件か」、真相は…

本作はタイトル的に「大雪の山荘に閉じ込まれた男女7人の密室サスペンス」かと思いきや、新作舞台の主演を選ぶ最終オーディションとして「大雪で閉ざされた山荘」という架空のシチュエーションで起こる連続殺人事件のシナリオを演じる物語。ただキャッチコピーに「演技か、事件か」とあるように、『そして誰もいなくなった』さながら1人ずつ消えていく役者は「実は本当に殺されているのではないか?」という疑念が浮上する構図。自分は原作未読なので最初の犠牲者が出るシーンを見てから「元の小説はどういう塩梅なのかは分からないけど、映像でこうガッツリと襲われているシーンを見せられてしまうと、後から『実は本当に襲われていた!』と判明しても『だよね』という感じだし、逆に『実は全部演技でした!』と明かされたとしたら今度は『じゃあ、あの本当に襲われている感じなんだったんだよ』と思えて興醒めだな…」とやや冷めた目で見ていた。ただ本作は「自分の指示通りに犯行が行われていると監視カメラ越しの犯人に誤認させるために、役者たちは殺し、殺される演技をしていた」という真相が明かされるため「なるほど、だから本当に殺し、殺される演技をしていたのか!」と納得させられた。

 

 

  • 本多は麻倉を騙してどうするつもりだったのか

ただ真相が明かされた後でもよく分からないところもあった。まず間宮祥太朗演じる本多らは事故で下半身付随になった森川葵演じる麻倉の要望通り事故の原因となった堀田真由演じる笹原、西野七瀬演じる元村、戸塚純貴演じる雨宮の3人を殺した演技をした後、仮に重岡大毅演じる久我が「三重構造」を見破らなかった場合、一体どういう展開を想定していたのだろうか。久我に全体像を見破られた本多の反応的に最終的に「実は演技でした、あの時は本当にゴメン、でも復讐なんて意味はない、もう一回役者の世界に戻って!」と説得しようと計画していたような感じではなかった。だからといって、あの後も「本当にあの3人は死んだんだ」と彼女を騙し続けることも難しように思う。あの3人が役者を引退して表舞台から消えたとしても、今のネット時代隠し続けるのは不可能だろう。それとも原作発表当時の32年前だと情報源はテレビや新聞がメインだから、何とか騙し続けることが出来ると踏んでいたのか。だとしたら現代に合わせてブラッシュアップが必要だっただろう。何はともあれ「彼ら彼女らは一体どういう着地点を想定していたのか」がハッキリしないので、イマイチ飲み込みにくい。

 

 

  • 完全部外者の久我が招待された理由

また中条あやみ演じる中西と岡山天音演じる田所に事前にこの計画を教えていない理由もよく分からないし、そもそもこの計画にどうして完全部外者である久我を呼んだのかも分からない。Yahoo!映画のレビューでは「久我と本多はグルだったのでは」みたいな考察もあったが、だとしたら久我が本多のアリバイを確かめるために一晩共に両者の腕を紐で結んで寝たシーンも、久我が本多に自身のアリバイを証言をしてくれなかったことに対して抗議するシーンも劇中での意味が通らなくなる。そのため久我と本多が最初からグルだったということはあり得ないだろう。そして「これは本当に起きた出来事ではなくて、全部舞台のストーリーだったんだ!」というオチのつもりだったのだとしたも、「それでもやっぱり普通にストーリーおかしくない?」としか思えない。しかもそれだと本多が久我にお礼を言って泣いているシーンの意味が不明になるので、やはりあの出来事自体は本当にあって、それを舞台にしたと考えるのが妥当だろう。

 

 

  • 最後に…

そんなこんなで「なんかよく分からなかったな…」という感じだったが、それじゃあこの映画がつまらなかったのか、と問われれば別にそんなことはなく、寧ろ役者たちの演技はみんな良くて面白かったし、映画としても普通に好きくらいの感じなので、人の感情とは分からないものだ。