ネタバレ感想
アマプラで『アメリカン・フィクション』を観た。
- 求められてるのは免罪符?
多様性の面で特筆すべきは「オッペンハイマー」を抑えて「アメリカン・フィクション」が脚色賞を獲得したことだ。主人公はスノッブな黒人作家。貧困層の黒人の若者が悪の道に入って白人の警官に射殺される、といったステレオタイプな物語を毛嫌いしている。ある時、彼は金が必要になり、その手の小説を偽名で出版する。それが売れに売れて文学賞にも選ばれ……。
アカデミー賞も、彼の小説のような「政治的に正しい」映画を好んできたのではなかったか。今回の受賞にはそんな逆説的な主張がある。多様性が一つ進化を遂げたのを感じた。今年最大のサプライズだった。
本作は今年度のアカデミー賞で脚色賞を受賞した作品。本作の受賞に対して『朝日新聞』は「政治的に正しいを皮肉る結果」と評しており、ちょっと気になっていた。
この作品で印象的な台詞が出てくる。「白人たちが求めているのは現実じゃない、免罪符だ」。
社会は多様性を認め、マイノリティたちの声に耳を傾けるべきだという風潮になった。それは素晴らしいことだが、結局中産階級以上の白人は、それを娯楽として消費しているにすぎないのではないか。適度に反省できて「進歩的でアップデート」した気分にさせてくれるような作品を消費したいだけなのではないか。『アメリカン・フィクション』はそういう問題提起をしている。
アメリカは日本に原爆を落とす必要なんてなかった。『オッペンハイマー』はそう描いたが、この映画を見に行ったアメリカ人たちの中には、『アメリカン・フィクション』が提示したような「娯楽としての免罪符」を求める人はいなかっただろうか。
『オッペンハイマー』は娯楽としての免罪符だったか。ノーランの「関心領域」はどこにあったのか - Film Goes with Net
ただ結局見ないまま3月末になり昨年から色々な意味で注目されていた今年のアカデミー最優秀作品賞の『オッペンハイマー』がようやく日本でも公開。事前の予想通り原爆描写をめぐって良くも悪くも議論が活発になっていたが、その中に「本作に賞を与えてそれを受け止め、それを称賛することが『核兵器』や『赤狩り』を免罪するパフォーマンスみたいに見える」的な指摘をしている人がいて、「そんなこと言い始めたら、キリがないじゃん」と思いつつも「確かにな〜」なんてことを思ったりもしていた。そんな中でそうした文脈において本作の作品内容に触れた『オッペンハイマー』評を読み、「やっぱり見とくか」と思い腰を上げて鑑賞を始めた。
- 「黒人らしさ」に反発
本作の主人公は世に溢れる「貧困層の黒人の若者が悪の道に入って白人の警官に射殺される」と言った「黒人らしい物語が白人によって称賛される空気」に嫌気があるイップス中の黒人小説家。主人公は自分の小説を「黒人の書いた小説」という人種の枠組みではなく「純粋に一つの小説」として読んでもらいたいと思っており、カテゴライズを嫌うが、本屋の本棚では「アフリカ系の小説」などに括られていることに不快感を持っている。またそうした白人たちによる「黒人による黒人の話を読みたい」という需要に応えるような小説を書きベストセラーとなっているリベラルっぽい黒人女性作家に対しても、嫌悪感を抱いている。本作の原作の出版は2001年と今から23年も前であり、こうした設定に対し「今は流石にここまで酷くない」との指摘もあるようだが、白人たちによって「黒人による黒人のこういう話が見たかったんだよ」的な話は、アカデミー賞やアメリカ社会における「日本人による日本のこういう話が見たかったんだよ」という「無意識レベルの見下し」を感じなくもない感じを連想させる。
- 悪ふざけの「黒人らしい物語」が…
そんな不満を抱いている主人公は酒に酔いながら「こういう黒人の物語が読みたいんだろ」と嫌味たっぷりの「黒人らしい物語」を執筆。悪ふざけのつもりで偽名で出版社の送りつけると白人編集者から「こういうリアルな話を読みたかったんだ!」と大絶賛され、多額な報酬を提示される。母親の介護における金銭問題などで頭を悩ませていた主人公は出版をOKしてしまうが、気弱な性格にも関わらず「指名手配犯だから正体を明かせない」という言い訳が「これがリアルだ!」と称賛され、白人映画プロデューサーからは母親の心配で救急車のサイレンに敏感になっている姿を「こいつは本物だ!」と誤解され、出版を取りやめさせるために「タイトルを『FUCK』にしろ」という要求すらも受け入れられてしまう様子がコメディとして描かれる。ついには文学賞までノミネートされるが、最優秀賞を決める審査員の多数決で5人中白人3人の賛成意見により、主人公含めた2人の黒人の反対意見を押し切って「黒人の意見にも耳を傾けないと」と言い放つなど「いやいやいやいや」と観客にツッコミをさせるためのベタベタな演出も面白かった。
- 最後に…
本作はラストで「このこと自体を映画にしたい」と思った主人公が前述の白人映画プロデューサーに相談。授賞式で「打ち明けたいことがある」とだけ述べてエンドロールに入る観客にその後の展開を委ねる「曖昧な結末」を提示するが案の定却下。「それなら…」と次は喧嘩別れした恋人のもとに向かって「最近どうかしてた」と謝罪するラストを提案するもそれも却下。「だったら…」と今度は授賞式で真相を打ち明けようとするとFBIが突入してきて、受賞トロフィーを銃だと誤認した捜査官が主人公を撃ち殺すラストを案内すると「それだよ!」と採用。結局「黒人らしい悲劇の物語」として消費されてしまう皮肉をオチとしていてこちらも面白かった。ただ本作はそうしたオチを「綺麗事並べても現実はコレ」という冷笑するような作品でもないのも良いな、と思った。
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