秋の映画興行収入の雑感。
- 『ラストマイル』、ブラックフライデーも上映中
この秋にトップレベルに稼いだのは8月中旬公開の『アンナチュラル』『MIU404』のシェアード・ユニーバス映画『ラストマイル』で9月以降も40億円近く稼いで最終興行は60億円に迫る勢い。詳細は夏のレポートに記したので秋のレポートでは避けるが、鑑賞者の中には「今年のブラックフライデーは見え方が変わってしまった」との声も。今年のブラックフライデーはAmazonが「ドライバーさんにありがとうキャンペーン」を開始する一方で配達員側がAmazonに対して労働環境の改善を求める抗議活動したとの報道もあり(実は去年も同時期に抗議活動をしているので、映画を見て今年は注目した人は正に映画によって世界の見え方を変えられてしまったのだろう)、現代の社会問題を上手くエンタメ作品に落とし込んだのも評価の高い要因なのだろう。
Amazon,配達員に「ありがとう」を贈ると配送パートナーに500円送られるキャンペーンを開催。ブラックフライデーを機に感謝を伝えよう
「Amazonは雇用責任を取れ!」ブラックフライデーに配達員らが目黒区の本社前で抗議行動:東京新聞デジタル
- 引退した警察キャリア、『踊る』12年ぶり新作
現代の社会問題を織り込んだエンタメ作品という意味ではこの秋は『踊る大捜査線』の12年ぶりの新作にしてスピンオフ映画『室井慎次 敗れざる者/生き続ける者』が公開され、その宣伝としてフジテレビが過去のテレビドラマと劇場版を一挙放送したことで「平成のお仕事映画」と「令和のお仕事映画」との視点で『ラストマイル』と対比する声も多かった。『踊る大捜査線』は当時の刑事ドラマのお約束を敢えて外す「変化球」だったはずだが、劇場版の大ヒットによって国民的作品となりその後の日本の刑事ドラマ及びお仕事ドラマに多大な影響を与える「王道」になった。実際、『ラストマイル』の脚本家・野木亜紀子さんも過去にXで『アンナチュラル』について『踊る大捜査線』の影響下にあることを認める趣旨の投稿をしていたが、『ラストマイル』が現役バリバリの主人公バディや辛い労働条件で働き続ける高齢者の姿を描く「お仕事映画」なのに対して、今回の『室井慎次』は「お仕事映画」ではなく定年前に警察を辞めて秋田の田舎で過ごす元キャリアの物語。作品自体はかなり極端に賛否割れているが、二部作共に観客動員数初登場1位を獲得し、前編『敗れざる者』は18億円に迫り、後編『生き続ける者』も既に10億円超えと二部作合計で東宝が最低目標としていた30億円(『キネマ旬報 2024年12月号No.1953』参照)を超えそうな勢い。勿論『容疑者 室井慎次』は1作品だけで38.3億円を稼いでいたことを踏まえれば、かつての勢いからは程遠いが、前作から12年、地上波での劇場版放送も新作で一桁当たり前の時代に二桁近い世帯視聴率をマークして、SNSでも盛り上がり、映画も公開されれば一定の成績を記録できる程には「やはり待ってる人はちゃんと待ってたのだな…」と思える数字で良かったのではないか、と感じる。今回の配信を機に『踊る大捜査線』にハマった新規層の発掘にも成功したようだ。今後の『踊る大捜査線』のシリーズ展開にも注目である。
https://x.com/nog_ak/status/953059617214377984?s=46&t=udUH1SvaWmPtCdiaLsKY1g
https://x.com/nog_ak/status/972762195770527745?s=46&t=udUH1SvaWmPtCdiaLsKY1g
- 三谷幸喜最新作、ネットの悪評で大失速
そんなフジテレビはこの秋に『室井慎次』だけでなく三谷幸喜監督最新作『スオミの話をしよう』も公開。密室で5人の男が失踪した女の謎を解き明かしていく設定は『キサラギ』、長澤まさみの七変化は『コンフィデンスマンJP』っぽさがあって「三谷さん、大河ドラマとかもあって古沢良太さんにライバル心を燃やしているのかな」と穿った見方(半分誤用)もしてしまう作品。そんな本作はオープニング4日間で5.97億円の大ヒットスタートを切り、東宝は公開初日の段階で「興行収入30億円を狙えるスタート」、三谷幸喜監督も 「オリジナルが力を持つことで、日本映画を底上げしていく」と力説していた。しかし公開2週目末の累計は11億円と失速、最終興行も18億円程度と30億円はおろか20億円割れも確実な状況だ。これは『室井慎次』の前編の18億円とほぼ同等の成績だが、「前作『記憶にございません!』が興行収入36.4億円、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が高評価、『古畑任三郎』が再放送で再評価、報道番組の司会者も務める今をときめく脚本家先生が『コンフィデンスマンJP』『シン・ウルトラマン』『エルピス』でイケイケの長澤まさみとタッグを組んだ最新作」と「興行的に右肩下がりだった『踊る』の12年ぶりの青島なしの引退後の室井さんの単独映画」という期待値の違いがあり、その差はオープニング興行ではハッキリと出ていた。その差が埋まるほど『スオミ』が失速したのはネット上での悪評が影響を及ぼした、との見方をすることが出来るだろう。『室井慎次』もボロクソ酷評されてる面もあるが、実はレビューサイトのユーザー平均点(Yahoo!映画参照)は『スオミ』が2.8点に対して、『室井慎次』は前編が4.3点、後編が4.2点と高評価を得ている。『ラストマイル』も4.2点と高評価だ。こうなると映画を年に1〜2本、シーズンに1本程度としか鑑賞しないサイレントマジョリティが『スオミ』より『ラストマイル』に流れるのは必然だろう。
- 最後に…
三谷幸喜監督は朝日新聞の連載「三谷幸喜のありふれた生活」で観客動員数と興行収入、オリジナル脚本の映画、シェアード・ユニバースの視点から『ラストマイル』及び野木亜紀子脚本に対しての嫉妬を隠していなかったが、『きみの色』の山田尚子監督と『すずめの戸締まり』の新海誠監督や『八犬伝』の曽利文彦監督と『ゴジラ−1.0』の山崎貴監督もみたいにクリエイター同士が互いの作品に嫉妬して向上しあっていく、みたいなのは理想といえば理想。そんなこんなで秋の興行的注目作品はまだまだある訳だが、話が長くなってきたので、別記事に続く。(予定は未定)
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