世の中にはありとあらゆるメディアミックスが存在しているが、宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』程「えっ?原作読んでないの?」「アニメ映画は原作の2巻までだからね」「原作読んだらもうアニメ版は見れないよ」等の「原作マウント」を取られる作品はないんじゃないか、と思う。自分の記憶違いでなければ何年か前にテレビで「ナウシカの原作読んでないのは飲み屋でカシスオレンジしか飲まないのと同じ」という趣旨のとんでもないことを言ってる人もいた。
- 宮崎駿監督にとって漫画は非常に個人的なもの
「漫画は非常に個人的なもの。誰に迷惑をかけるわけじゃないから、自分の好きにやってもいい。ハッピーエンドにする必要はないし、映画ではできないこともやれる。それは心引かれるものだったと思いますね」
とは言っても鈴木敏夫プロデューサーが宮崎駿監督にとって「漫画は映画に対して個人的なもの」と説明しているように、「宮崎駿監督の本質が見える」等の高い評価を受けている作品なので、宮崎駿監督が好きならやはり読んでおきたい一作。漫画ではアニメ版では敵役でしかなかったクシャナがナウシカと共に戦争に向かったり、アニメ版には登場しない「土鬼(ドルク)」という国が出てきたりなど、物語はアニメ版よりも複雑。またアニメ版では人類を救うとされていた「腐海」にも全く別の真実が用意されている。クロトワも超魅力的。そんなこんなで気になるのなら絶対読んだ方がいいのだが、やはり「原作マウント」はウザい。ただ「一番好きなジブリ作品は?」に対して「『On Your Mark』」と返答されると「本当はその作品が一番好きなんじゃなくて、その作品を知っている自分をアピールしたいだけなんじゃないの?」と考えてしまう、みたいな思考回路を持っている自分の性格が歪んでいるだけなのかもしれない。
- 『風の谷のナウシカ』と『耳をすませば』
やっぱりコミック版の『ナウシカ』を描きあげたときですね。そのときにようやく、こういうところにきたんだなと思いました。それで『耳をすませば』みたいなものを強烈に作りたくなったんですね。ここで生きていくしかないんだなあっていう、そういうことですね。この汚い街が終の住処かっていうそういう気分です
<出典:『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡』/文藝春秋>
それはさておき、宮崎駿監督は漫画の『風の谷のナウシカ』を描きあげた後に「ここで生きていくしかないんだなあ」みたいな映画を作りたくなったという。
米・ウエストバージニア州の自然を「故郷」として歌った名曲「カントリー・ロード」。
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) 2022年8月26日
この曲はどのようにして作品のテーマソングに選ばれたのでしょうか?宮崎監督(本作では製作プロデューサー・脚本・絵コンテ)はこの曲を繰り返し聞いているうちに➡️#耳をすませば #スタジオジブリ pic.twitter.com/hUASnCoHrA
「いったい今の中学生にとって故郷って何だろう?」と考え始め、今回の映画構想を膨らませていったそうです。実は作品の冒頭で流れていたのは英語の原曲でした。主人公 雫はこの曲の訳詞制作を通して「故郷」とは自分にとっていったい何なのかを考えます。➡️#耳をすませば #スタジオジブリ
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) 2022年8月26日
都会で育った彼女にとって緑の大地や母なる山は縁遠いものです。しかし作品で描かれたように様々な試行錯誤を通じ、自分と向き合った結果、雫は自分にとってコンビニエンスストアやファストフード店が立ち並ぶ身近な風景こそが「故郷」であり、➡️#耳をすませば #スタジオジブリ #金曜ロードショー
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) 2022年8月26日
ここで地に足をつけて生きていくしかないんだという思いに達するのです。その意味でもこの曲が本作で果たしている役割は大きく、「カントリー・ロード」はもうひとつの原作ともいうべき存在なのです。#耳をすませば #スタジオジブリ #金曜ロードショー
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) 2022年8月26日
そういう意味では『風の谷のナウシカ』(1994年完結)の「どんなに苦しくとも 生きねば…」的な終わり方と『耳をすませば』(1995年公開)の雫の「ここで地に足をつけて生きていくしかない」的な着地点は本質的には同じなのかもしれない。
- 『もののけ姫』はアップデート版『ナウシカ』
──この映画は、最後に宮崎さんのずっと描きたかったテーマ「君は森で生きる。僕はタタラ場で生きる」を言いきっていますよね。この台詞のために僕はこの映画はあると思っているんですが、この「僕はタタラ場で生きる」という台詞は宮崎さん自身が言っているんですよね。
「いや、別にそうじゃないですけど、アシタカはそう言わざるを得ないと思ったんです。」
<出典:『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡』/文藝春秋>
また宮崎駿監督にとって漫画版『風の谷のナウシカ』完結後に初監督した作品『もののけ姫』も「僕はタタラ場で生きる」という「ここで生きていかなければならない」的な作品。更に『もののけ姫』は「自然VS文明」「サンとエボシ」という構図が『風の谷のナウシカ』と似ている。その一方でアニメ版『風の谷のナウシカ』とは違って「自然を壊す文明側が完全な悪」という描かれた方ではなく、エボシも漫画版クシャナのように頼れるリーダー的な側面や女性の働き口を作ってあげる良き側面も描かれる。更にサンは「母性」に溢れ「神聖化」されていたナウシカに対して、そうした要素は大分薄まっている。つまり同じ構図でより深い価値観を描写しているのだ。そのため、ある意味では『もののけ姫』は漫画を完結させた上での「『風の谷のナウシカ』アップデート版」的な作品ともいえる。
- 最後に…
まー、でも宮崎駿監督が関与しているスタジオジブリ作品は全体的に「辛くてもここで生きねば」的な作品な気がしないでもない。『風立ちぬ』とかもそうだったし。それならばやはり最新作『君たちはどう生きるか』もそういう話になるのだろうか、大注目だ。
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