日本でも大ヒット公開中の山崎貴監督『ゴジラ−1.0』がアメリカで『GODZILLA MINUS ONE』のタイトルで公開された。オープニング興行は1103万ドルで初登場3位(※1)を記録したという。実写邦画の海外記録は『子猫物語』の1328万ドルらしい(※2)ので、本作が新記録を更新することはほぼ確実なヒットスタートだ。アメリカの批評サイト『ロッテントマト』でも現段階で批評家支持率が97%、観客支持率が98%の高評価(※3)。これは『シン・ゴジラ』の批評家支持率86%、観客支持率75%を上回る(※4)。本作の国内興行収入は現段階で最終50億円程度見込みと『シン・ゴジラ』の最終82.5億円を下回る可能性が濃厚だが、世界興行では上回ってくるかもしれない。
※1Godzilla Minus One - Box Office Mojo
※2 神木隆之介、米ゴジラファン熱量に感激「なめてました」監督からは“興収請負人”期待も : スポーツ報知
※3 Godzilla Minus One | Rotten Tomatoes
※4 Shin Godzilla | Rotten Tomatoes
- ハリウッド版で認知度上昇の『ゴジラ』
近年の日本映画の世界での評価を振り返ると『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を始め『すずめの戸締まり』や『THE FIRST SLAM DUNK』などのアニメ映画がアメリカ・中国・韓国などで大ヒットを記録したり、実写邦画でも『ドライブ・マイ・カー』や『怪物』などがアカデミー賞やカンヌ映画祭で高く評価されたりしていた。ただ『ゴジラ−1.0』のような日本の実写エンタメ大作が海外でヒットして、高く評価されたみたいな話はあまり記憶にない。外国人、特にハリウッドのエンタメ大作が山ほど公開されていて需要が満たされているアメリカ人からすれば予算1/10以下で作られている日本のエンタメ大作が選択肢に入ってこないのは仕方のない話。しかし『ゴジラ』は近年ハリウッド版が立て続けに公開されたことでアメリカだけでなく世界的な認知度を高めているコンテンツ。その『ゴジラ』の本家・日本による最新作となれば、他の日本のこの手のエンタメ大作よりはやはり注目度は高くなる。更に今年はハリウッドでストライキが起きていたことで映画が不足しており、その結果全米2000館以上(正確には2308館)という日本の実写邦画で異例の規模の公開に繋がった追い風(※5)もあったようだ。9月のアメリカ公開発表段階では「1000スクリーン以上」(※6)と報じられていたことを踏まえると、最終的な公開規模は倍以上にもなっている。こうのると実写邦画、それも『ゴジラ』以外のコンテンツで今回のようなヒットを再現するのは中々難しそうな気もするが、何はともあれ東宝配給の『ゴジラ−1.0』がアメリカで一定の記録を残せたのはめでたい話だ。ハリウッドへの憧れを公言している山崎貴監督の作品がアメリカで批評的・興行的な成功を収めたのも喜ばしい限りだ。
※5 テレビ東京『WBS』2023年12月1日放送
※6 「ゴジラ-1.0」特設サイト【ゴジラナタリー】 | 「ゴジラ-1.0」の最新ニュース・特集・インタビュー (2/2) - 映画ナタリー 特集・インタビュー
- 大半が「初代、シンと並ぶ最高のゴジラ」評価
本作のアメリカでの評価を複数確認していくと一部では「メロドラマがメインでゴジラのシーンが少なくてガッカリ」「第二次世界大戦で加害者側の日本がいつの間にか被害者ポジションに移り変わる映画」などのネガティヴな意見も見かけたが、大半は「初代と『シン・ゴジラ』に並ぶ最高のゴジラ映画」という評価。公開前は日本国内でも賛否が割れている人間ドラマの描写が足を引っ張るのではないかと不安視もされていたが、「ゴジラ映画で初めて泣いた」などの投稿が相次いでおり、大袈裟に表現すれば「全米がゴジ泣き」状態。この背景については「アメリカ人は日本語が分からないから大仰な演技が気にならないのではないか」「英語字幕な分、余計なセリフが削ぎ落とされていて見やすくなっているのではないか」など「外国人だから日本人よりノイズが少ない説」と「戦争帰りのPTSDについては日本人よりアメリカ人の方が理解がある分、物語に入り込みやすのでは」との推察がある。恐らくどちらも的を得ているのだろう。日本では賛否の割れているアメリカ兵が出てこない演出もアメリカ視点では見やすい部分だったのかもしれない。山崎貴監督のハリウッド大作の影響をモロに受けている作風と日本を舞台にしたドメスティックな作風の合わせ技がアメリカ人にとっては「どこか懐かしく馴染みがあるけど、日本の文化に触れている満足感」的に上手くハマった可能性もあるのではないかと思う。
また海外メディアが本作の製作費を「$15 million」と報じている(※7)ことから、大作映画では2億ドル超えが当たり前となっているハリウッド映画と比較して「作り手にはちゃんと賃金が支払われているのか」「ハリウッド映画の製作費の大半は中抜きされているのではないか」という趣旨の投稿が目立っていた。どうやらハリウッド大作で目が肥えているアメリカ人にとっても本作のVFXは通用している様子だ。近頃低調なMCU作品が比較対象として槍玉に挙げられがちなのは「日本人もアメリカ人もネタの仕方は一緒」感もあった。ただ日本で製作費「$15 million」が高額という事実はあまり伝わってない様子。また今回の海外戦略は「日本国内だけでなく世界規模の興行をすることで製作費を増やしていこう」という目標もあるのだろうから、あまり「高クオリティなVFXはMCUのように大予算を投下しなくても僅か『$15 million』で十分だ」的なネタのされ方は関係者にとっては複雑かもしれない。
※7 Godzilla Minus One Review - IGNGodzilla Minus One Review - IGN
- 山崎貴監督の日本と海外の評価のギャップ
My review for Godzilla Minus One is up. Things are going great in the comments. People really seem to be enjoying my thoughts on the movie. pic.twitter.com/l1OLhlYTk0
— Adam Does Movies (@AdamDoesMovies_) 2023年11月30日
ところで本作はアメリカでのプレミア以降『ロッテントマト』の批評家支持率が長期間100%を維持していたことから、一部では「いつ100%を割るのか」と注目されていた。そうした経緯もあってか本作に対して初めて否定的なレビューをした批評家に対してSNSでは「逆張りか」的な空気もあった。その批評家のレビューは「優れたビジュアルとサウンドに対してストーリーとキャラクターは酷い」という趣旨の内容(※8)で日本のレビューと比較しても一定の納得度のあるモノだったが、その批評家のYouTubeのコメント欄は「『マーベルズ』が好きな唯一の男からのレビュー」「エメゴジの方が良いとか頭おかしい」などのコメントで荒れていた。中には「あなたの意見には賛同できないけど、あなたがあなたの意見を言うのは自由、ゴジラファンの荒らしは申し訳ないけど、全てのファンが攻撃的だとは思わないで」という趣旨のコメントもあって「やはりどの国も似たような感じなんだな〜」と実感させられた。ちなみにこの批評家はあの『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』について「批評家の中には高度な芸術を求めてる人もいるのかもしれないけど、これは最高のゲーム映画だよ」と肯定的なレビュー(※8)をしていた。
Yamazaki: I watched "Star Wars," and that's how I ended up being a filmmaker, and I'm really hoping I will get a call and they will me bring me on "Star Wars." I think a more Japanese or even just Eastern take on "Star Wars," I think, would be really, really interesting, so I hope they call me up.
Godzilla Minus One Director And Star On Making Godzilla Terrifying Again [Exclusive Interview]
また山崎貴監督は海外メディアに対して「『スター・ウォーズ』を観て映画監督になった、電話が来るのを待っている」という趣旨の発言をしたことも話題になったが、それに対する海外の反応が「彼なら最高の『スター・ウォーズ』映画を作るだろう」と肯定的なコメントに溢れていた。日本だと山崎貴監督が「あの国民的コンテンツを映画化」と発表されれば、本作の製作発表時がそうだったように「ドラ泣き」ネタや「ユアスト」ネタに溢れることが目に見えているため、海外と日本の山崎貴監督への評価のギャップに驚かされる。最早仮にオファーされて駄作だったとしても「ディズニーが才能ある監督をまた潰した」という文脈で擁護されそうなレベルだ。そんな中で山崎貴監督とJ・J・エイブラムスを否定的な意味で重ねる海外コメントがあったのも興味深かった。
Reminder that it's possible to love both Godzilla Minus One and Shin Godzilla. Director Takashi Yamazaki loves Shin Godzilla. But his movie is deliberately a very different experience. pic.twitter.com/NyD4NQwDlF
— blue (@penpen_iii) 2023年11月30日
また「『シン・ゴジラ』と『ゴジラ−1.0』の両方を愛することは可能、何故なら山崎貴監督は『シン・ゴジラ』を愛しているから」という投稿があったのも面白かった。何故なら日本で山崎貴監督がこの手のオタク論争みたいなのにある種の「神」のような扱いで発言が引用されてるのが新鮮だったからだ。ここまでくると最早不思議な感覚すらあった。海外との山崎貴監督に対する評価の差はさておき、本作に限れば日本でも否定的な見解を述べると必要以上に噛みつかれる感がないとは言えないが… 『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は異様な叩かれ方してたし、良くも悪くも人の感情を大きく揺さぶる監督なのかもしれない。
※8 Adam Olinger Movie Reviews & Previews | Rotten Tomatoes
- 最後に…
最後に本作のレビューで地味に目についたのが「『ゴジラ−1.0』は『オッペンハイマー』の続編」「『オッペンハイマー』で核な被害が描かれなかったことが不満な人は『ゴジラ−1.0』を見るべき」的な投稿。こうなると『オッペンハイマー』が日本未公開故に今年中に観ることが出来ないことが改めて残念に思う。
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